WAX&THINK

N.Y. State of Mind — Nas スラング・英語解説

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アーティスト
Nas(ナズ)
リリース
1994年
アルバム
Illmatic · 2曲目
プロデュース
DJ Premier
舞台
NY・クイーンズブリッジ

街で生き延びる緊張を、Nasの言葉から読む

「N.Y. State of Mind」は、
直訳すると「ニューヨークの心の状態」。
ここでは、
危険と隣り合わせの街で生きるNasの警戒心や考え方として読むと、
タイトルが腑に落ちます。

銃撃の場面、
酒や賭け事、
ラッパーとしての自信。
クイーンズブリッジの日常を、
短い用例の和訳と17の表現解説から読み解きます。

習慣を表す be の文法や、
金額を人名で呼ぶスラングが分かると、
Nasが何を見ているのかが具体的になります。

解説に必要な短い用例に和訳を添えています。
全歌詞の対訳は掲載していません。

この記事の見どころ

  1. 01 曲名は「ニューヨークで生きる者の心の状態」。街の危険とラッパーとしての自負を描く
  2. 02 17の表現を和訳・スラング・文法で解説
  3. 03 DJ Premierの不穏なピアノループとスクラッチ・フックの作り方
解説

曲のあらすじ

Nasが描くのは、クイーンズブリッジで暮らす若者の視点です。前半はラップの腕自慢から銃撃と逃走へ、後半は金や成功への夢から街の危険へと話が移ります。

言葉を武器にする自負と、気を抜けば命を失う緊張が、曲を通して続いています。

学ぶ表現 — スラング・韻・言葉遊び・AAVE

AAVEはアフリカ系アメリカ人英語のこと。
教科書の英語と違う形にも、
意味を伝えるためのルールがあります。

埋め込みはNas公式のフル音源(4分56秒)。

17の解説ポイント(開く)
  1. 1. 習慣を表すbe
  2. 2. Scarfaceと銃・ペン
  3. 3. 自分の流儀steelo
  4. 4. E&J・50ドル札・cee-lo
  5. 5. 銃が撃てない瞬間
  6. 6. 縄張りと生き残りを結ぶ韻
  7. 7. 街角の強盗を指す複合語
  8. 8. 眠りと死
  9. 9. 知性の壁とタイトルの意味
  10. 10. MoëtとTEC-9
  11. 11. 株とクラックの韻
  12. 12. Smith & Wessonと脅しの韻
  13. 13. 街区と迷路
  14. 14. Caponeのようにくつろぐ
  15. 15. 人生と地獄
  16. 16. ラップの高みとビタミンの比喩
  17. 17. 眠らない街
★ 聴きどころ

I be kickin' / Be havin' dreams — AAVEの習慣のbe(habitual be)

Nas(Verse 1) 0:23

Rappers: I monkey-flip 'em with the funky rhythm I be kickin'
Musician, inflictin' composition of pain

ラッパーども、俺はファンキーなリズムでやつらをひっくり返す(いつもそうしてる)/痛みの作曲を浴びせるミュージシャンだ

▶ Verse 1のいちばん最初、曲の口火を切る一行。学習対象は行末。

行末の「the funky rhythm I be kickin'」に注目。
標準英語なら I'm kicking か I kick ですが、
ここは be が原形のまま入っています。

これがAAVE最大の特徴 習慣のbe(habitual be)です。
「いつも・習慣的に〜している」という反復のニュアンスを be + -ing で表します。

単なる現在進行(今やっている)ではなく「常日頃やっている」という時間幅が出るのがポイントです。

Verse 2の頭でも Be havin' dreams that I'm a gangsta(いつもギャングスタの夢を見る)ともう一度出てきます。

冒頭の 相手を完全に圧倒する・ひっくり返すこと。レスリング/体操の技に由来するスラング (圧倒する)も覚えておきたいスラングです。

語法 — どう使うか ▼

habitual be は、動詞 be を原形のまま使って「習慣的・反復的にそうである/そうしている」を表すAAVEの文法です。He be working=「彼はいつも働いている(習慣)」。

標準英語の He is working(今働いている)とは時間の幅が違います。

見分け方: 主語 + be + 動詞-ing で be が活用していない(am/is/are になっていない)ら、まず「いつも〜している」の習慣のbeを疑う。AAVEではこの be の有無で「今だけ」か「いつも」かを区別する、れっきとした時制表現です。

I'm like Scarface sniffin' cocaine — 映画の引用を直喩に畳む

★ 比喩/引用
Nas(Verse 1) 0:29

I'm like Scarface sniffin' cocaine
Holdin' an M16, see, with the pen I'm extreme

俺はコカインを吸うスカーフェイスのようだ/M16を構え、見ろ、ペンを握れば俺は極端だ

▶ Verse 1前半、自分のラップの激しさを喩える件。学習対象は上の行。

「I'm like Scarface sniffin' cocaine」。
直喩(A is like B)で、
自分を映画『スカーフェイス』の主人公トニー・モンタナに重ねています。

映画『スカーフェイス』(1983年)のトニー・モンタナ
映画『スカーフェイス』(1983年)のトニー・モンタナ。 出典:IMDb

Scarface は1983年の同名映画の主人公で、
ヒップホップでは「成り上がりと破滅」の象徴として無数に引用される名前です。

下の行の with the pen I'm extreme(ペンを握れば極端だ)は、
銃(M16)とペン(=ラップを書く力)を並べて、
暴力と言葉を同じ武器として語るレトリックです。

映画の引用を直喩で取り込みつつ、
自分の本当の武器はペンだとずらしています。
比喩を読むことが、
そのまま文化のレファレンスを読むことになる好例です。

Y'all know my steelo — スタイルを指すNYスラング

★ スラング
Nas(Verse 1) 0:40

Y'all know my steelo, with or without the airplay

お前ら俺のスタイル(steelo)は知ってるだろ、ラジオでかかろうがかかるまいが

▶ Verse 1前半、自分の流儀を宣言する件。

学習ポイントは style(スタイル)が崩れたスラング。その人独自のやり方・流儀・美学 。
これは style(スタイル)が音的に崩れてできたスラングで、
「その人独自のやり方・流儀・美学」を指します。

Y'all know my steelo(俺の流儀は知ってるだろ)のように使います。
行頭の Y'all(=you all)は南部・AAVE由来の二人称複数で、
これも頻出です。

with or without the airplay(ラジオでかかろうがかかるまいが)は、
商業的成功に左右されない自分の姿勢を示す決め台詞です。
スラング一語に、
その人のアイデンティティが乗っているのが分かる箇所です。

E&J, bent, Grants, cee-lo — 一行に畳まれたNYストリート語彙

★ スラング(地域語)
Nas(Verse 1) 0:43

I keep some E&J, sittin' bent up in the stairway
Or either on the corner bettin' Grants with the cee-lo champs

E&Jを切らさず、階段でへべれけになって座ってる/でなきゃ街角で、cee-loの猛者たちとグラント(50ドル札)を賭けてる

▶ Verse 1中盤、日常の過ごし方を描く2行。スラングが4つ詰まっています。

この2行はスラングの宝庫です。

E&J Brandy(エラドビントナーズの安価なブランデー)。ストリートの定番の酒 は安価なブランデーの銘柄、bent は「酔っ払った・ラリった」状態を指します。

E&J V.S.のブランデーボトル
E&J V.S.のボトル。 出典:E&J公式

50ドル札のこと。紙幣に描かれた第18代大統領ユリシーズ・S・グラントに由来 は「50ドル札」(紙幣に描かれたグラント大統領から)です。

グラント大統領の肖像が描かれた50ドル札
Grantsが指す50ドル札。 出典:Pexels

サイコロ3個で行うストリートの賭博ゲーム はサイコロ賭博のことです。
たった2行で、
酒・酩酊・賭博という街角の時間が立ち上がります。

紙幣を大統領の名で呼ぶ(Grants=50ドル、
ほかに Franklins=100ドルなど)のは英語スラングの定番なので、
ここで覚えておくと他の曲でも効きます。

スラングは地域の方言で、
知ることはその街の地図を手に入れることに近いんです。

路上の人々が紙幣と3個のサイコロを囲むAI生成画像
路上でcee-loを行う様子。AI生成
語法 — どう使うか ▼

アメリカの紙幣スラングは 肖像の人物名で呼ぶのが定番です。Grants=50ドル(グラント)、Franklins=100ドル(フランクリン)、Jacksons=20ドル(ジャクソン)。

金額を直接言わずに人名で示すので、肖像と額面のペアを知っておくと聞き取れます。

bent は「酔った・ハイになった」を表す形容詞スラングです。get bent で「酩酊する」。

標準英語の drunk より口語的でストリート寄りの語感です。

Stuck — 銃が撃てない瞬間

場面の読み方
Nas · Verse 1 1:20

Tried to cock it, it wouldn't shoot, now I'm in danger

銃を使おうとしたが、撃てなかった。

銃撃戦の最中、自分の銃が動かなくなる場面です。強気な語りが、撃てない焦りへ変わります。

勝って終わる武勇伝にはせず、手元の失敗や追い詰められる怖さまで描いています。街の危険を大づかみに語るより、この細かさのほうが近く感じられます。

Corners / Goners — 縄張りの街角と、生き残れない者

韻 / ストリート語彙
Nas(Verse 1) 1:37

corners, crews without guns are goners

街角の縄張り。銃のない連中は、助からない。

ここでは、cornersが街角の縄張り、gonersが「もう助からない者たち」。gonerは、命や物事の行く末が危ういときに使う口語です。

cornersとgonersは、後半の音が近い組み合わせ。縄張りを押さえる話から、そこで生き残れるかという話へ、韻でつないでいます。

銃を持つ者が強く出る街では、持たない集団の立場が弱くなる。その怖さを、説明を重ねず短い言葉へ畳んでいるのが効いていると思います。

Stick-up kids — 街角で襲う若者たち

複合語 / ストリート語彙
Nas(Verse 1) 1:40

stick-up kids

路上で強盗を働く若者たち。

stick-upは、銃で脅して金品を奪う強盗のこと。stickとupを別々に訳すと、この意味にはたどり着きにくい表現です。

kidsは若者たち。stick-upと合わせると、道で人を襲う若者を指すひとまとまりの表現になります。

直前には銃を持たない集団の危うさ、続く場面には白昼の襲撃。暗くなってからだけ警戒すれば済む街ではないと伝わってきます。

★ 聴きどころ

sleep is the cousin of death — 一行で世界観を射抜く比喩

Nas(Verse 1) 2:08

I never sleep, huh, 'cause sleep is the cousin of death

俺は決して眠らない、なぜなら眠りは死の従兄弟だから

▶ Verse 1の終盤、緊張の核心を一行に凝縮する件(Verse 2でも反復)。

この曲、
いや、
ヒップホップ全体でも屈指の名フレーズです。
「sleep is the cousin of death(眠りは死の従兄弟)」。

眠りと死を cousin(従兄弟)という血縁語で結ぶ比喩で、
「気を抜いて眠れば、
死がすぐ隣に来る」というストリートの強迫を、
たった一行で射抜いています。

I never sleep(俺は決して眠らない)と前置きしてからこの比喩に落とすことで、
「眠れない」のではなく「眠らない(生き延びるために)」という能動の緊張に読み替わります。

Verse 2の終わりでもう一度繰り返されることで、
曲全体を貫くテーマだと分かる作りです。
何度聴いても唸ります。

I think of crime when I'm in a New York State of Mind — タイトルの着地

★ 表現/テーマ
Nas(Verse 1) 2:11

Beyond the walls of intelligence, life is defined
I think of crime when I'm in a New York State of Mind

知性の壁の向こうで、人生は定義される/ニューヨーク・ステイト・オブ・マインドにいると、俺は犯罪のことを考える

▶ Verse 1の締め、タイトルに着地する2行。

上の一行には、知性を壁のある空間に見立てる比喩もあります。理屈だけでは届かない街の経験が、人生の理解につながっているように聞こえます。

学習ポイントは state of mind という英語の定型表現です。
「心の状態・精神状態・物の見方」を意味するイディオムで、a New York state of mind なら「ニューヨーク的なものの見方/NYにいるときの心持ち」を指します。

Billy Joelの名曲タイトルでもある言い回しを、
Nasは I think of crime(犯罪のことを考える)と接続することで、
まったく別の、
緊張と暴力に満ちたNY観へと塗り替えています。

上の行 life is defined(人生が定義される)と State of Mind で defined / Mind の脚韻も効いています。

語法 — どう使うか ▼

state of mind は「心の状態・心境・物の見方」を表す名詞句。be in a good state of mind(良い精神状態にある)、a positive state of mind(前向きな心持ち)のように使う、日常でも頻出のイディオム。

地名+state of mind で「その土地(に染まった)特有の感覚」を表せる。Nasはこの定型句に「犯罪を考える」を接続して、NYのダークな側面を一語で立ち上げている。

drinkin' Moëts, holdin' TECs — ブランドと銃で描くギャングスタの夢

★ スラング/文化
Nas(Verse 2) 2:27

Be havin' dreams that I'm a gangsta, drinkin' Moëts, holdin' TECs
Makin' sure the cash came correct, then I stepped

いつもギャングスタの夢を見る、モエを飲み、TECを構える/金がきっちり入るのを確かめて、それから立ち去った

▶ Verse 2の冒頭、夢の中のギャングスタ像を描く件。

上の行はブランド名と銃で「ギャングスタの夢」を一気に描いています。

Moëts はシャンパンのモエ・エ・シャンドン(Moët)です。

TEC-9。当時ストリートで多用された安価なセミオート拳銃 もう一度タップで詳細 → は拳銃TEC-9のことです。

TEC-9は9mm口径のセミオート式ピストルで、引き金を引くたびに一発ずつ発射する銃です。先行機種のKG-9から発展したもので、KG-9は連射式へ改造されやすいことが問題となり、1982年に米国で規制対象になりました。

1990年代初めの米国では、TEC-9は比較的安価で手に入りやすい銃として流通していました。

銃の来歴:ATFのKG-9資料 / 当時の価格 / 1993年の流通報道

高級シャンパンと安価な銃を同じ行に並べることで、
虚飾と暴力が隣り合う夢の質感が出ています。

冒頭の Be havin' は、
ユニット①で見た 習慣のbe(いつも夢を見る)がここでも使われている箇所です。

下の行 the cash came correct(金がきっちり入った)の come correct は「ちゃんとする・抜かりなくやる」という頻出スラングなので、
これも一緒に押さえておきたいところです。

語法 — どう使うか ▼

come correct は「(態度・準備・支払いなどを)きちんとする、抜かりなくやる」を表すスラングです。You better come correct(ちゃんとやれよ)のように使います。

standard の do it right / be on point に近い言い回しです。

シャンパンや時計などのブランド名は、ヒップホップでは「成功・地位」の記号として機能します。

Moët、Cristal、Rolex などはそのまま富のメタファーになるので、銘柄を知っておくと情景が立ち上がりやすくなります。

sewin' up the blocks to sell rocks — ドラッグ経済のスラングと脚韻

★ スラング/韻
Nas(Verse 2) 2:34

Investments in stock, sewin' up the blocks to sell rocks
Winnin' gunfights with mega-cops

株への投資、ブロックを縫い上げて(掌握して)ロック(クラック)を売る/メガ級の警官との銃撃戦に勝つ

▶ Verse 2前半、ドラッグ経済を語る件。

stock / blocks / rocks / cops と -ock(s) の音が連打されていて、
これが聴きどころです。

意味の方も、sew up the blocks(街区を縫い上げる=そのエリアの売買を完全に掌握する)という句動詞的な言い回しに、 固形のクラック・コカイン(crack rocks) (クラックの固まり)というスラングが組み合わさって、
ドラッグ経済の支配がわずか一行に圧縮されています。

合法の investments in stock(株式投資)と非合法の sell rocks(クラック売買)を同じ韻でつなぐことで、
両者を地続きに見せる皮肉も効いています。

Smith & Wesson — Smith & Wessonと脅しの韻

パンチライン
Nas · Verse 2 2:45

I ain't the type of brother made for you to start testin'
Give me a Smith & Wesson, I'll have niggas undressin'

試す相手を間違えるな。銃を持てば、相手を丸裸にする。

Smith & Wesson(スミス&ウェッソン)は銃のメーカー名です。ここでは、相手に服を脱がせるほどの脅しとして登場します。

挑発する行末のtestin'と、服を脱がせるというundressin'が韻を踏み、メーカー名のWessonも同じ音に乗っています。銃の名前と脅しが、音でもつながるパンチラインです。

ラッパーのSmif-N-Wessun(スミフン・ウェッスン)

この銃メーカーの名前をもじったラップ・デュオがSmif-N-Wessunです。ブルックリンのTekとSteeleによる2人組で、ヒップホップ集団Boot Camp Clikの一員。

銃メーカーから名前をめぐって訴えられ、一時はCocoa Brovaz(ココア・ブロヴァズ)に改名しました。Steeleは、改名で売り込みが難しくなったと振り返っています。

出典:TekとSteeleのインタビュー / 改名についてのSteeleの発言

Maze — 街区は迷路、住人は罠の中

パンチライン
Nas · Verse 2 3:00

each block is like a maze
Full of black rats trapped

一つひとつの街区は迷路。閉じ込められた黒いネズミたち。

街区を迷路に、その中の人々を閉じ込められたネズミに喩えています。道が入り組んでいるだけでなく、暮らしから抜け出せない感覚も重なる比喩です。

黒いネズミという言葉には、人間として扱われない住人の姿が浮かびます。

lamp like Capone — 「くつろぐ」を意味するNYスラング

★ スラング(地域語)
Nas(Verse 2) 3:14

And lamp like Capone, with drug scripts sewn
Or the legal luxury life, rings flooded with stones, homes

そしてカポネのようにくつろぐ、ドラッグの筋書きを縫い込んで/でなきゃ合法の贅沢な暮らし、石(ダイヤ)で埋め尽くした指輪、なあ

▶ Verse 2中盤、成功後のくつろぎを夢想する件。学習対象は上の行。

上の行頭の ニューヨーク特有のスラングで「くつろぐ・のんびり過ごす」。relax / chill と同義 が学習ポイントです。
これはニューヨーク特有のスラングで「くつろぐ・まったり過ごす」という意味(relax / chill と同義)。

lamp like Capone で「(伝説のギャング)アル・カポネのように悠然とくつろぐ」という意味になります。
スラングは 地域の方言で、
この lamp は特にNYの語感が強い一語です。

アル・カポネを題材にした映画は、『アンタッチャブル』などいくつもあります。『スカーフェイス』もそのひとつで、1932年版『Scarface』の主人公トニー・カモンテはCaponeをモデルにした人物です。

上で紹介したアル・パチーノ主演の1983年版『スカーフェイス』は、この1932年版のリメイク。舞台をマイアミの麻薬ビジネスへ移し、主人公もトニー・モンタナに変わっています。

アル・カポネの肖像と正面・横顔の写真を組み合わせた画像
アル・カポネ。 出典:Wikipediaより引用し編集

映画の背景:AFI『Scarface』(1932)の作品資料/『アンタッチャブル』作品紹介

行末の stones は「ダイヤなどの宝石」を指し、rings flooded with stones(石で溢れた指輪)で富を描きます。

Capone / sewn / stones / homes と -one/-ones の脚韻が連なっているのも聴きどころです。

語法 — どう使うか ▼

lamp は動詞で「くつろぐ・たむろする・のんびりする」を表すNYスラングです。just lampin'(ただまったりしてる)のように進行形で使うことが多いです。

standard の chill / hang out / relax に当たる語です。

stones は文脈によって「宝石(ダイヤ)」を指すスラング。flooded with stones(石で埋め尽くされた)はアクセサリーに宝石を敷き詰めた状態の定番表現。

Life / Hell — 人生と地獄が並んで走る

パンチライン
Nas · Verse 2 3:22

Life is parallel to Hell

人生は地獄と平行にある。

人生を地獄そのものとは言わず、平行に並べています。近くにあるのに、簡単には離れられないという距離感が残る表現です。

そのあとも、生き方を保ち、成功しようとする話が続きます。地獄の比喩で終わらず、危険な場所で暮らしを続ける話に戻るところが好きです。

Vitamin — ラップの新しい高みと、カプセルなしのビタミン

★ 比喩
Nas(Verse 2) 3:36

I'm takin' rappers to a new plateau, through rap slow
My rhymin' is a vitamin held without a capsule

俺はラッパーたちを新たな高みへ連れて行く、ゆっくりとしたラップで/俺のライムはカプセルなしのビタミンだ

▶ Verse 2中盤、ラップの到達点と、自分の言葉の効き目を喩える件。

1. 新しい高みへ

plateauは台地や高原のこと。ここでは、他のラッパーを連れていく新しい到達点として使っています。

相手を倒すという腕自慢から、ラップの水準を上げるという話へ。次の行のビタミンの比喩と合わせると、自分の言葉には効き目があるという自負が見えてきます。

2. カプセルなしのビタミン

これは like を使わない 隠喩(metaphor)。
自分のライムを「カプセルに包まれていないビタミン」に喩えています。

カプセル(オブラート)がない=薄めも飾りもせず、
栄養(中身)がダイレクトに効く
、
というイメージです。

直喩(A is like B)が「〜のようだ」と距離を残すのに対し、
隠喩は「A is B」と言い切ることで像をより強く重ねます。

たった一語の比喩で「俺の言葉は混じりけなしに効く」と宣言してしまう、
Nasらしい一行です。plateau / slow / rhymin' 周辺の音の運びも滑らかで気持ちいいところです。

語法 — どう使うか ▼

隠喩(metaphor)は like / as を使わず「AはBだ」と直接言い切る比喩です。直喩 A is like B より距離が近く、像が強く重なります。

My rhymin' is a vitamin(俺のライムはビタミンだ)のように、be動詞で名詞を直結させるのが基本形です。

比喩を読むコツ: be動詞の後ろに、文字どおりには成り立たない名詞(rhyme=vitamin)が来たら隠喩を疑う。その「ありえない等式」が何を強調しているか(ここでは"混じりけなく効く")を考えると、意図が見えてきます。

The city never sleeps, full of villains and creeps — NYの常套句と内部韻

★ 韻/表現
Nas(Verse 2) 3:47

The city never sleeps, full of villains and creeps
That's where I learned to do my hustle, had to scuffle with freaks

この街は決して眠らない、悪党と不気味な連中で溢れてる/そこで俺はハッスル(生き抜く術)を覚えた、変なやつらと揉めながら

▶ Verse 2後半、街そのものを描く件。

ここもまず音の連なりが聴きどころです。sleeps / creeps / freaks と -ee(p/k)s の内部韻が続きます。

意味の核は The city never sleeps(眠らない街)、
ニューヨークを指す超有名な常套句です。

Nasはそこに full of villains and creeps(悪党と不気味な連中で溢れた)を付けて、
観光的なきらめきではなく、
夜も危険が絶えない街として描き直しています。

生き抜くために必死で稼ぐ/動くこと。ストリートでの商売や工夫を含む もう一度タップで詳細 → (必死に生き抜く・稼ぐ)も最重要スラングのひとつです。

常套句を一度借りて、
自分の経験で塗り替える。
表現の手つきがよく分かる箇所です。

引用元:Nas「N.Y. State of Mind」(Genius)。批評・解説に必要な断片のみを掲載しています。

文化的背景

Queensbridge と『Illmatic』

クイーンズブリッジから見たニューヨーク

Nasが育ったクイーンズブリッジ(Queensbridge)は、
ニューヨーク・クイーンズにある大規模な公営住宅。
MC Shanやマーリー・マールを輩出したヒップホップの聖地であり、
同時にクラック・エピデミックと暴力の渦中にあった土地でもありました。

クイーンズ側から見たクイーンズボロ橋
クイーンズボロ橋。 出典:Pexels
Nasが育ったクイーンズブリッジ。地図はノース・ハウシズの周辺です。

「N.Y. State of Mind」の一人称の銃撃描写や、
E&J・cee-lo・lampといった語彙は、
すべてこの団地の日常から立ち上がっています。

MC Shan:Nasより前のクイーンズブリッジ

MC Shanはクイーンズブリッジを代表するMCで、地元を歌った「The Bridge」で知られています。Nasが育った団地には、その前からラップの歴史がありました。

Marley Marl:団地の音を組んだプロデューサー

マーリー・マールは、MC Shanの「The Bridge」を手がけたプロデューサー。レコードからドラムの音を取り出してビートを組む手法を広めた、クイーンズブリッジの音楽を語るうえで欠かせない一人です。

人物の背景:Marley Marl本人のインタビュー

1994年の『Illmatic』は、
わずか10曲・約40分ながら「史上最高のヒップホップ・アルバム」の常連に挙げられる一枚です。
若いNasが、
自分の街をここまで高い解像度で記録してしまったことが、
本作の神話性の源だと思います。

ヴァーノン通り沿いのクイーンズブリッジ団地と公園を、クイーンズボロ橋から見た風景
通りの右に団地、左に公園が広がります。2009年の写真で、曲が描く1990年代の記録写真ではありません。 写真:Jim.henderson / Wikimedia Commons · 著作者によるパブリックドメイン公開 · 原本を掲載、改変なし

『Illmatic』では、
この曲は冒頭の「The Genesis」に続く2曲目。
アルバムを通して聴くと、
Nasが描く街の別の表情も見えてきます。

CD・レコード・再発盤で仕様が異なるため、
購入先で媒体と収録内容を確認できます。

キーワード早見表

この曲で学んだ表現の整理

habitual be AAVEの習慣のbe。I be kickin'=「いつも〜している」。be+-ingで反復を表す
steelo style(スタイル)由来。その人独自の流儀・美学
E&J / bent E&J=安価なブランデーの銘柄、bent=酔った・ラリった状態
Grants 50ドル札。紙幣の肖像グラント大統領に由来(人名で額面を表す)
cee-lo サイコロ3個のストリート賭博
lamp くつろぐ・まったりする(NYスラング。relax / chill)
sleep is the cousin of death 眠りと死を血縁で結ぶ比喩。常に気を張る緊張の凝縮

サンプル・制作の裏側

サンプル元

不穏なピアノの正体 — Joe Chambers "Mind Rain"

曲を支配する不穏なピアノのループは、Joe Chambersの「Mind Rain」(1977年、収録盤『Double Exposure』)からのサンプリング。原曲をアルバムの中で聴くと、Premierが切り出した断片の前後も楽しめます。

そこにKool & The Gang「N.T.」(1971年)のドラムブレイクを重ねています。収録盤『Live at P.J.'s』では、そのリズムをライブ演奏の流れの中で聴けます。

Donald Byrd「Flight Time」(1973年)からも、細かな音の断片を取り込んでいます。収録盤『Black Byrd』に戻ると、この音が元の曲でどう鳴っていたのかが分かります。

フックの作り方

Rakimの声を借りたコーラス

サビの「New York state of mind」は、
Nasが歌っているのではなく、先輩MCのRakim(Eric B. & Rakim)の「Mahogany」(1990年)の一節を、
Premierがスクラッチで引用した
もの。

声の出どころをアルバムで聴くなら、Eric B. & Rakimの『Let the Rhythm Hit 'Em』へ。「Mahogany」はこの盤に収録されています。

「最も偉大なMC」と称されるRakimの声を借りてフックにすることで、
Nasを正統な後継者として印象づける、
という文脈まで読める仕掛けです。
声を楽器のように刻んでサビを組むのは、
DJ Premierの代名詞。

制作秘話

迷いのつぶやきから、最初のバースへ

最初のバースは一度のテイクで録音され、
冒頭の迷いのつぶやきも音源に残っています。

出典:DJ Premier本人のインタビュー(Complex、
2011年)

評価とその後の影響

収録アルバム
『Illmatic』(1994年)2曲目。全10曲のアルバムで、最初のラップ曲にあたります。
プロデュース
DJ Premier。ピアノのループと、声を刻むスクラッチでNasの語りを支えています。
続編
『I Am...』(1999年)には「N.Y. State of Mind, Pt. II」が収録されています。

後世への影響

「リリシズムの基準点」になった一曲

続編の「N.Y. State of Mind, Pt. II」(『I Am...』収録)も作られ、
本曲はNasのキャリアを貫くモチーフになりました。

この曲から『Illmatic』へ

Amazon・メルカリを見る →

まとめ

  • 「N.Y. State of Mind」は、若いNasが90年代クイーンズブリッジを高解像度で記録した、リリシズムの基準点というべき一曲。
  • AAVEの 習慣のbe(I be kickin' / Be havin')、steelo・E&J・Grants・cee-lo・lampといったNYスラングなど、辞書英語の外側の生きた表現が高密度で学べる。
  • 「sleep is the cousin of death」の比喩、「My rhymin' is a vitamin」の隠喩、state of mindの定型句の塗り替え。比喩と定型句の運用が一通り押さえられる。
  • DJ PremierがJoe Chambers・Kool & the Gang・Donald Byrdを刻み、Rakimの声をスクラッチでフックにした制作も含め、初期ヒップホップの手つきが詰まっている。

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アーティストについて

Nas

Queensbridge, New York · 1991–

クイーンズブリッジ出身のNasir Jones。1994年「Illmatic」でデビューし、歌詞の密度と詩的表現力でヒップホップ文学の地平を開いた。

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