WAX&THINK

I Can — Nas スラング・英語解説

I Canに出てくるスラングや言い回しの意味を、和訳つきで一つずつ読み解きます。

アーティスト
Nas
リリース年
2002
プロデューサー
Salaam Remi
収録アルバム
God's Son
エリア
NY
BPM
87
サンプル元
Beethoven "Bagatelle No. 25 in A minor (Für Elise)" (1810) / The Honey Drippers "Impeach the President" ドラム (1973) / 映画『星の王子ニューヨークへ行く』(1988)「She's Your Queen-To-Be」

この記事の見どころ

  1. 01 Nasが子供たちに語りかける珍しいクリーンな一曲——歌詞が平易で、英語学習の最初の一歩に最適
  2. 02 modal can・listen up・the company you keep・act your age——日常で本当に使う英語を「学ぶ表現」単位で解説(PV頭出しリンク付き)
  3. 03 ベートーヴェン「エリーゼのために」+最も有名なドラムブレイク「Impeach the President」をSalaam Remiが料理

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元ネタ

解説

■英語が苦手な人の"最初の一曲"に

ヒップホップで英語を学ぼうとすると、最初にぶつかる壁がスラングと早口、そして explicit(露骨)な語彙です。

その点、この「I Can」は例外中の例外だと思います。Nas(ナス)がはっきりと、ゆっくりめに、しかも子供たちに向かって語りかけるので、歌詞が驚くほど平易で聞き取りやすいんです。

実際この曲は、アルバムの中で唯一 Parental Advisory(保護者向け警告)の付かない、放送に乗せられるクリーンな作りになっています。

フックを歌うのも子供たちの合唱団。「I know I can, be what I wanna be(僕にはできる、なりたい自分になれる)」という、英文法の教科書みたいにシンプルな一文が繰り返されます。

だからこそ、modal(助動詞)の can、命令の listen up、ことわざ的な the company you keep、そういう「日常で本当に使う英語」を、構えずに拾える一曲になっています。

■やさしい言葉で、重いテーマを

2002年録音、アルバム『God's Son』(2003) からのシングルです。プロデュースは Salaam Remi(サラーム・レミ)。

土台はクラシックの超有名曲、ベートーヴェンの「エリーゼのために」です。誰の耳にも一発で届く旋律を選んでいます。

ただ、英語が易しいからといって中身が薄いわけではありません。ドラッグの恐ろしさ、背伸びして大人の世界に踏み込む危うさ、そして奴隷制以前のアフリカの歴史まで、子供向けの言葉づかいのまま、ずしりと重いテーマを順番に語っていきます。

やさしい英語で深い話をする、という意味で、これは"読みやすい良書"みたいな一曲だと思っています。

最後の Afrocentrism。アフリカ系の歴史・文化を中心に世界史を捉え直し、黒人としての誇りを取り戻そうとする思想・運動 (アフリカ中心主義)の歴史語りには議論のある主張も混じります。そこは「Nasが何を伝えようとしたか」という角度から読み解いていきます。

ストーリーの流れ — まず曲全体をつかむ

この曲は、Nasが子供たちに順番に「人生の授業」をしていく構成です。3つのバースがそれぞれ別のテーマを持っているので、先に流れを押さえておくと、一語ずつ拾うときに「今どの授業の話か」が見えて迷いません。

まずフック。子供たちの合唱が「I know I can, be what I wanna be, if I work hard at it(頑張れば、なりたい自分になれる)」と歌います。

これが曲全体を貫く"おまじない"で、各バースのあとに必ず戻ってくる芯になっています。

Verse 1は、ドラッグの話です。歌手を夢見た美しい女性が、付き合う相手を間違えてヘロインに溺れ、若くして心身を壊していきます。

「付き合う仲間を選べ(watch the company you keep)」という、具体的で生々しい警告になっています。

Verse 2は、まだ10代なのに背伸びして大人の世界に入ろうとする少女・少年への忠告です。「歳相応に振る舞え(act your age)、時間をかけて成長しろ」と諭します。

そしてVerse 3で視点が一気に歴史へ飛びます。「この国(アメリカ)に連れてこられる前、俺たちは王であり女王だった」。

奴隷制以前のアフリカ、クシュ王国やティンブクトゥの学問の都を引き合いに、黒人の子供たちに誇りを取り戻させようとします。

最後は「顔を上げろ、少年、お前は王だ(you're a king)」「いつか花嫁になる少女よ、お前は女王だ」と、一人ひとりを王と女王に戻して締めくくります。やさしい語り口のまま最後に大きな物語へ着地させる構成に、初めて聴いたとき素直に胸を打たれました。

※本ページは批評・教育目的で、解説に必要な範囲の断片のみを引用しています。全歌詞の対訳は掲載していません。

学ぶ表現 — 日常英語・イディオム・文化

各見出しは「この曲から学べる英語表現」です。各ユニットはまず上に英語の用例(1〜2行)を置いてあります。

先に英語を音で追い、行のどこが学習対象かを確かめてから下の日本語解説に進むと、英語が苦手でも置いていかれません。

I know I can — 助動詞 can で組む自己肯定の一文

★ 文法(基礎)
Children's Choir(イントロ&フック) 0:18

I know I can, be what I wanna be
If I work hard at it, I'll be where I wanna be

僕にはできるって分かってる、なりたい自分になれる/頑張れば、行きたい場所にたどり着ける

▶ 曲の冒頭、子供たちの合唱で始まり、各バースのあとに必ず戻ってくるフック。

上の2行は、中学英語の総まとめみたいな、きれいな構文になっています。鍵は助動詞 can(〜できる)です。

I know I can は「自分にはできると分かっている」、I wanna be は I want to be(なりたい)のくだけた形です。

後半は If I work hard at it(それに一生懸命取り組めば)という conditional。「もし〜なら」を表すif節と、その結果を表す主節からなる文。ここはif現在形+will未来形の典型形 (条件文)+ I'll(I will=未来)の組み合わせです。「努力すれば望む場所に行ける」という、英語学習者がそのまま暗唱したくなるお手本の一文になっています。

Nasがこれを子供たちに合唱させたのには、英語のリズムで前向きさを刷り込む狙いがあると思います。

語法 — どう使うか ▼

work hard at ~ は「〜に熱心に取り組む」。前置詞 at が「努力の対象(一点)」を指します。

work hard at school(学業に励む)、work hard at your English(英語を頑張る)のように使えます。

wanna(=want to)、gonna(=going to)、gotta(=have got to)は、会話・歌詞で超頻出の短縮形です。意味はもとの形と同じで、発音をそのまま綴っています。

リスニングではこの形で耳に入ってくるので、音とセットで覚えておくと聞き取りが一気に楽になります。

B-boys and girls, listen up — 呼びかけと命令の listen up

★ 文化/句動詞
Nas(各バース冒頭) 0:37

B-boys and girls, listen up
You can be anything in the world

B-boyたち、女の子たち、よく聞いて/君は世界で何にだってなれる

▶ 各バースの冒頭でNasが子供たちへ呼びかける決まり文句。

各バースは、この呼びかけで始まります。B-boys はもともと「break-boys=ブレイクダンスを踊る少年」を指すヒップホップの言葉で、転じて「ヒップホップ世代の若者・男子」全般を指します。

ここでは女の子(girls)と並べて「ヒップホップで育つ子供たちみんな」への呼びかけになっています。

続く listen up は「注目して聞け・よく聞いて」という phrasal verb。動詞+副詞/前置詞がセットで一つの意味になる表現。listen upで「しっかり耳を傾ける」 (句動詞)です。up が「しっかり・きちんと」という強めの意味を添えていて、ただの listen より「集中して聞け」のニュアンスが強くなります。

先生が教室で使うような、呼びかけの定番表現です。

語法 — どう使うか ▼

listen up は「(みんな)よく聞いて」と注意を引くときの命令形です。Listen up, everyone! の形で、教室・スポーツ・職場の号令として日常的に使われます。

同じく up で強める仲間に speak up(もっと大きな声で)、hurry up(急いで)などがあります。

can be anything(何にでもなれる)は、可能性を語る定型です。You can be anything you want はこの曲のメッセージそのもので、子供への励ましの決まり文句として英語圏で広く使われます。

in God we trust — ドル紙幣に刻まれた標語

★ 文化(米国の標語)
Nas(Verse 1) 0:39

You can be anything in the world, in God we trust
An architect, doctor, maybe an actress

世界で何にだってなれる、in God we trust(神を信じて)/建築家、医者、あるいは女優に

▶ Verse 1の冒頭、なれる職業を並べていく件。学習対象は上の行の行末。

行末の in God we trust は、ただの言い回しではありません。これはアメリカ合衆国の公式の標語(national motto)で、ドル紙幣や硬貨に必ず刻まれているフレーズです。

直訳は「我ら神を信ぜり」。Nasはこれを「何にでもなれる」という励ましのすぐ後ろに置くことで、子供たちの夢と、お金(ドル紙幣)と、信仰を一本の線でつないでいます。

アメリカという国の建前そのものを引用して、「この国は本来お前たちの夢を支えるはずだ」と背中を押す、皮肉も効いた一節だと思います。

続く architect / doctor / actress という具体的な職業の列挙も、子供にイメージさせるための工夫でしょう。

nothing comes easy — 「簡単に手に入るものはない」の定型

★ イディオム(ことわざ)
Nas(Verse 1) 0:45

But nothing comes easy, it takes much practice

でも簡単に手に入るものなんてない、たくさんの練習が要る

▶ Verse 1、職業を並べたあと「でも楽な道じゃない」と釘を刺す件。

学習対象は nothing comes easy(簡単に来るものは何もない)です。come easy で「楽に手に入る・すんなりできる」を表し、それを nothing で打ち消しています。

直前の「何にでもなれる」を受けて、すぐに「でも楽じゃない」と現実を添えるバランスが、この曲の誠実なところだと思います。

後半の it takes much practice の take は「(時間・労力が)かかる・要る」の意味です。It takes time(時間がかかる)、It takes practice(練習が要る)は、そのまま覚えて使える型になっています。

語法 — どう使うか ▼

it takes ~(〜が要る/かかる)は超頻出の構文です。It takes two to tango(もめ事は片方だけのせいではない)のようなことわざにも顔を出します。

「何かを成すのに必要なもの」を主語 it で受けて後ろに置く形です。

leaving people in awe — 「畏敬の念を抱かせる」の in awe

★ イディオム
Nas(Verse 1) 0:49

She was very beautiful, leaving people in awe

彼女はとても美しくて、周りの人を圧倒していた

▶ Verse 1、これから身を持ち崩す女性の、まだ輝いていた頃を描く件。

キーは in awe です。awe は「畏敬・畏怖」で、すごさに圧倒されて言葉を失うような感覚を指します。

leave people in awe で「人々を畏敬の念のなかに置く=見る者を圧倒する」。in awe of ~(〜に感嘆して)の形でもよく使われます。

ちなみに awesome(最高の・すごい)はこの awe から来ています。カジュアルな「やばい・すごい」の裏に、本来は「畏敬」という強い語感があると知ると、単語のつながりが見えて面白いと思います。

like Lena Horne — 引き合いに出される往年の黒人スター

★ 文化(固有名詞)
Nas(Verse 1) 0:52

▶ Verse 1、歌の才能を持った女性を往年のスターにたとえる件。

ここでNasは、歌手を夢見た女性を Lena Horne(リナ・ホーン)にたとえます。「その若い頃みたいな」という言い方です。

リナ・ホーンは、1940年代から活躍した黒人の歌手・女優です。人種隔離の時代にハリウッドと歌の世界で道を切り開いた、先駆けの一人でした。

つまりNasは「本物のスターになれる器だった」と持ち上げてから、そのあとの転落を語ります。固有名詞を一つ置くだけで「どれほど有望だったか」を一瞬で伝える、うまい導入だと思います。

英語では、こうして実在の人物を出して人を評する言い方がとても多いです。名前の背景を知っておくと、歌詞の含みがぐっと立体的になります。

got her strung on that heroin — 依存を表す strung / hang with

★ スラング(薬物・交友)
Nas(Verse 1) 0:55

Hung with the wrong person, got her strung on that heroin

付き合う相手を間違えて、ヘロインに引きずり込まれた

▶ Verse 1、転落の引き金を一行で描く件。学習対象は行の前半と後半。

行頭の hung with は hang with ~(〜とつるむ・一緒に過ごす)の過去形です。hang out(遊ぶ・たむろする)と同じ hang の仲間で、交友を表すカジュアルな定番語です。

後半の 薬物にどっぷり依存した状態を指すスラング。string(糸)が語源で、糸で引っ張られるように薬に縛られる状態。ここでは got her strung on ~ で「〜漬けにされた」 がこの曲では重い一語です。strung は string(糸)の変化形で、strung out on ~ で「〜に依存しきった・ボロボロになった」を表します。

糸で引っ張られて自由を失うイメージが、そのまま薬物依存の比喩になっています。「付き合う相手を間違えた」ことと「ヘロイン漬けになった」ことを一行に押し込む筆致が、次のフックの明るさと残酷なほど対比します。

people hold they breath — 所有格になる they(AAVE文法)

★ AAVE文法
Nas(Verse 1) 1:04

When she reaches for hugs, people hold they breath

彼女がハグしようと近づくと、みんな息を止める

▶ Verse 1、変わり果てた姿を突き放すように描く件。学習対象は行末。

注目は hold they breath の they です。標準英語なら their breath(彼らの息)ですが、ここでは所有格 their の代わりに they が使われています。

これは African American Vernacular English。アフリカ系アメリカ人の話し言葉。独自の文法・音韻体系を持ち、標準英語の「誤り」ではなく規則性のある変種 (アフリカ系アメリカ人英語)でよく見られる特徴で、their → they の置き換えは規則的なパターンです。標準英語の「間違い」ではなく、体系を持った変種の一形です。

hold one's breath は「息を止める・固唾をのむ」。ここでは薬物で変わり果てた彼女に近寄られて、思わず息を止めてしまう周囲を描いています。

「腐食と死のにおいがする」という次の行と合わせて、依存の末路を容赦なく突きつけます。

the company you keep — 「付き合う仲間」を表すことわざ的表現

★ イディオム(ことわざ)
Nas(Verse 1) 1:07

Watch the company you keep and the crowd you bring
'Cause they came to do drugs and you came to sing

付き合う仲間(the company you keep)と連れてくる連中には気をつけろ/奴らはヤクをやりに来た、お前は歌いに来たのに

▶ Verse 1の終盤、ドラッグで身を持ち崩した歌手の話を教訓にまとめる件。学習対象は上の行。

ここでの the company you keep がポイントです。company は「会社」ではなく「付き合う相手・仲間」の意味になります。

keep company で「交際する・つるむ」を表し、the company you keep はそのまま「お前が付き合っている連中」です。英語には「A man is known by the company he keeps(人は付き合う仲間で分かる)」という有名なことわざがあり、この行はそれを下敷きにしています。

続く the crowd you bring(連れてくる集団)も同じ警告の言い換えです。'Cause は because の短縮で、理由「奴らは drugs をしに、お前は sing しに来た(目的が違う)」を bring / sing の韻で締めています。

語法 — どう使うか ▼

keep company (with ~) は「(〜と)付き合う・行動を共にする」。Watch the company you keep は「付き合う相手を選べ」という定番の忠告で、英語の説教・道徳の場面で頻出します。

company を「会社」とだけ覚えていると意味を取り違えるので、「(一緒にいる)人・仲間」の語義をセットで押さえておきたいところです。

take the vow — 「誓いを立てる」の vow

★ 語彙
Nas(Verse 1 結び) 1:15

▶ Verse 1の締め、フックへ入る直前に子供たちへ手を挙げさせる件。

Verse 1の最後、Nasは「手を挙げて、誓いを立てろ(put your hands in the air, and take the vow)」と子供たちに促します。

ここで学びたいのは vow(誓い・誓約)という名詞です。take a vow で「誓いを立てる」を表し、結婚式の誓いの言葉を wedding vows と呼びます。

似た語の promise(約束)より重く、儀式ばった「誓い」という語感です。この直後にフックの「I know I can」を合唱させる流れは、まるで子供たちに前向きな宣誓をさせているようで、うまい設計だと思います。

grown-looking girls who's only 10 — 「大人びて見える」の grown-looking

★ 語彙/AAVE文法
Nas(Verse 2) 1:40

This is for grown-looking girls who's only 10

これは、まだ10歳なのに大人びて見える女の子たちへの話だ

▶ Verse 2の冒頭、背伸びする少女へ話を向ける件。

Verse 2はこの一行で相手を指定します。学習対象は grown-looking です。

grown は grow(育つ)の過去分詞で、ここでは「大人になった・成長した」の形容詞的な使い方です。grown-up(大人)も同じ grown で、grown-looking は「大人びて見える」を一語で表しています。

後半の who's only 10 にも注目です。標準英語なら who are(複数の girls を受けるので)ですが、ここでは who's(who is)になっています。

話し言葉やAAVEでは、主語の数に関係なく is に寄せることがよくあります。

up in the club with fake ID — 「〜の中で」の up in と fake ID

★ スラング/AAVE
Nas(Verse 2) 1:45

As cute as can be, up in the club with fake ID

とびきり可愛くして、偽のIDでクラブに入り浸って

▶ Verse 2、背伸びして大人の場所へ紛れ込む姿を描く件。

行頭の as cute as can be は「これ以上ないほど可愛く」。as ~ as can be で「このうえなく〜」を表す定型です。

次の up in the club の up in は、AAVE・口語で「〜の中に・〜のところに」を強めて言う形です。ただの in the club より「その場所に入り込んでいる」感じが出ます。

fake ID は「偽の身分証」。アメリカではクラブや酒の年齢制限が厳しいので、10代が偽IDで大人の場所に潜り込むのは、背伸びの象徴として歌詞によく出てきます。

次の行でNasは、そこに潜む危険(HIVを持つ男との出会い)を静かに警告します。

like Oprah Winfrey — 成功の象徴としての固有名詞

★ 文化(ロールモデル)
Nas(Verse 2) 1:45

You can host the TV, like Oprah Winfrey

テレビの司会だってできる、オプラ・ウィンフリーみたいに

▶ Verse 2、背伸びする少女に「本当の成功はこっちだ」と示す件。

ここで学びたいのは like Oprah Winfrey という固有名詞の使い方です。Oprah Winfrey(オプラ・ウィンフリー)は、貧困の中から世界一有名なトーク番組の司会者・実業家にのぼりつめた黒人女性で、アメリカでは「努力で成り上がった成功者」の代名詞そのものです。

Nasは「クラブで偽のIDを使う」ような背伸びではなく、「オプラのようにテレビの司会者になれる」という本物のロールモデルを示して対比させています。

英語では、こうして実在の有名人を like + 人名 で引いて「〜みたいになれる/〜のようだ」と例える表現が非常によく使われます。host the TV の host(〜の司会をする)も覚えておきたい動詞です。

act your age — 「歳相応に振る舞え」のイディオム

★ イディオム
Nas(Verse 2) 1:55

So act your age, don't pretend to be
Older than you are, give yourself time to grow

だから歳相応に振る舞え、背伸びするな/実年齢より上のフリをせず、成長する時間を自分にあげろ

▶ Verse 2、急いで大人になろうとする子供への忠告。学習対象は上の行頭。

act your age は「年齢にふさわしく振る舞え=子供っぽい(あるいは背伸びした)真似をやめろ」という定番イディオムです。直訳すると「お前の歳を演じろ」で、act が「(〜のように)振る舞う」を表します。

ふだんは子供っぽい大人をたしなめるのに使うことが多いのですが、ここでは逆で、大人ぶる子供に「実年齢のままでいろ」と諭しています。

続く don't pretend to be older than you are(実際より年上のフリをするな)が、その意味をやさしく言い換えてくれます。give yourself time to grow(成長する時間を自分に与えろ)も、そのまま使える温かい励ましの言い回しです。

語法 — どう使うか ▼

act your age は命令形で使う決まり文句です。基本は「いい歳して子供じみた真似をするな」という叱責(Stop crying and act your age!)。

一方この曲のように、若者に「背伸びせず歳相応でいろ」と諭す向きにも使えます。どちらの向きかは文脈が決めます。

pretend to ~(〜のフリをする)も頻出です。pretend to be older(年上のフリをする)、pretend to know(知ったかぶりをする)のように pretend to + 動詞 で使います。

You thinking he can give you wealth — be動詞が消える zero copula

★ AAVE文法
Nas(Verse 2) 1:58

You thinking he can give you wealth, but so?

あの男が金をくれると思ってるんだろ、でもだから何だ?

▶ Verse 2、金持ちの男を頼ろうとする少女に問い返す件。学習対象は行頭。

この行の You thinking は、標準英語なら You are thinking です。be動詞の are が消えています。

これは ゼロ・コピュラ。be動詞(is/are)を省く文法。AAVEの代表的特徴で、標準英語で短縮できる位置(She's→She, You're→You)ほどよく落ちる規則性がある (ゼロ・コピュラ)と呼ばれる、AAVEの代表的な特徴です。標準英語で You're のように短縮できる位置ほど、be動詞がまるごと落ちる規則性があります。

行末の but so? は「でもだから何?」と切り返す口語です。「金をくれる男に頼れると思ってる、でもそれが何になる?」と、少女の甘い見通しを静かに突き放しています。

can't read and write — 「読み書きできない」が示す重さ

★ 表現(対句)
Nas(Verse 2) 2:09

You don't wanna be my age and can't read and write

俺の歳になって読み書きもできない、そんな大人になりたくないだろ

▶ Verse 2、遊び惚ける少年たちへ将来を突きつける件。

read and write(読み書き)は、二語セットで「基礎学力・識字」を表す定番の対句です。can't read and write で「読み書きができない=教育を受けそびれた」を指します。

直前の「人生はweed(マリファナ)とice(宝石)が全てだと思ってる」という一行を受けて、Nasは「そのままだと読み書きもできない大人になるぞ」と現実を見せます。

この曲が一貫して 教育を救いの道として押し出しているのが、ここでもはっきり出ています。派手な遊びと地味な識字を対比させる置き方が効いていると思います。

if you believe you can achieve — believe と achieve の韻

★ 韻/文法
Nas(Verse 2 結び) 2:15

If you believe you can achieve, then say it like this

やればできると信じるなら、こう声に出せ

▶ Verse 2の締め、フックへ受け渡す件。学習対象は前半の対。

ここは believe(信じる)と achieve(成し遂げる)の韻がきれいに決まります。母音 -ieve をそろえた、耳に残る対です。

この二語を並べた believe you can achieve(やればできると信じる)は、自己啓発のスローガンとして英語圏で広く使われる型でもあります。

そして then say it like this(ならこう言え)で、次のフック「I know I can」へ橋を架けます。バースの最後で必ずフックへ受け渡す、この曲の設計がここでも効いています。

We were kings and queens — アフロセントリックな歴史語り

★ 文化(歴史・思想)
Nas(Verse 3) 2:38

Before we came to this country
We were kings and queens

この国(アメリカ)に連れてこられる前/俺たちは王であり、女王だった

▶ Verse 3の冒頭、視点が現代から奴隷制以前のアフリカへ飛ぶ転換点。

ここからNasの語りは歴史へ飛びます。we were kings and queens(俺たちは王であり女王だった)は、アフロセントリズム(アフリカ中心主義)の核心的なフレーズです。

奴隷としてアメリカに連れてこられる前、アフリカには クシュ王国(Kush)や、学問の都として栄えた ティンブクトゥ(Timbuktu)といった高度な文明があった、という史実を引いています。そこから、黒人の子供たちに「お前たちのルーツは奴隷ではなく王だ」と誇りを取り戻させようとします。

なお、このバースには学術的に議論のある主張(アレクサンドロス大王のくだり等)も混じります。歴史の正確さというより、"何のために語っているか"、子供たちの自己肯定感を立て直すための物語として受け取るのが、この曲の正しい聴き方だと思います。

never porch monkeys — 蔑称をひっくり返す一句

★ 文化(差別語の反転)
Nas(Verse 3) 2:40

▶ Verse 3、「王と女王だった」に続けて過去を否定する件。

「俺たちは王であり女王だった」に続けて、Nasは「決して porch monkeys ではなかった」と言い切ります。

porch monkey は、黒人を家のポーチに座り込む猿にたとえた、露骨な人種差別の蔑称です。ここで解説するのは意味を知って歌詞の重さを取るためで、日常で使う語ではありません。

Nasはあえてこの蔑称を持ち出し、never(決して〜ではない)で真っ向から否定します。「お前たちが押しつけられてきた侮蔑のイメージは事実ではない、本当のルーツは王と女王だ」という反転です。

差別語をそのまま置いてから否定でひっくり返す構図に、このバース全体の狙い(誇りの奪還)がよく出ていると思います。

empires in Africa called Kush / Timbuktu — 学問の都という史実

★ 文化(歴史)
Nas(Verse 3) 2:43

There was empires in Africa called Kush
Timbuktu, where every race came to get books

アフリカにはクシュと呼ばれる王国があった/ティンブクトゥ、あらゆる人種が本を求めて集まった土地

▶ Verse 3、誇りの根拠として具体的な地名を挙げる件。

ここでNasは、抽象的な「王と女王」を具体的な地名で裏づけます。学習対象は二つの固有名詞です。

Kush(クシュ)は、ナイル川上流(現在のスーダン周辺)に栄えた古代王国です。Timbuktu(ティンブクトゥ)は西アフリカ・マリの都市で、中世には交易と学問の中心地として知られました。

where every race came to get books(あらゆる人種が本を求めて来た)という言い方に、「アフリカは知の発信地だった」という主張が込められています。

文法的には There was empires が目を引きます。標準英語なら There were(複数の empires)ですが、口語では there was に寄せることがよくあります。

Africa was almost robbed naked — 受動態と rob の使い方

★ 文法(受動態)
Nas(Verse 3) 3:03

▶ Verse 3、収奪の歴史を一行で言い切る件。

Nasは搾取の歴史を Africa was almost robbed naked(アフリカはほとんど身ぐるみ剥がされた)と一行で言い切ります。

ここは 受動態(be + 過去分詞)の良い教材です。was robbed で「奪われた」。

動詞 rob は「(人・場所)から奪う」で、rob 人 of 物(人から物を奪う)の形を取ります。steal(物を盗む)と目的語の取り方が違う点が要注意です。

robbed naked(裸になるまで奪われた)は「身ぐるみ剥がされた」という強い言い方で、almost(ほとんど)を添えて「あと少しで全てを失うところだった」という重さを出しています。金・知識・人が奪われていく流れを、短い受動態でたたみかけます。

If the truth is told, the youth can grow — truth と youth の韻

★ 韻/受動態
Nas(Verse 3) 3:11

If the truth is told, the youth can grow

真実が語られれば、若い世代は育っていける

▶ Verse 3、歴史語りから現代の子供たちへ話を戻す転換点。

この一行は、歴史の話を「今の子供たち」へ引き戻す蝶番になっています。学習対象は truth(真実)と youth(若者・若い世代)の韻です。

母音 -uth をそろえた対で、「真実を伝えれば若者は育つ」という主張が一組の音にきれいに収まっています。

前半の If the truth is told は 受動態(真実が語られれば)で、tell → told の過去分詞です。歴史を正しく伝えることが子供たちを育てる、という、この曲の教育観がまた顔を出しています。

Read more, learn more — 命令形を畳む並列構文

★ 文法(並列・命令形)
Nas(Verse 3) 3:26

Nobody says you have to be gangstas, hoes
Read more, learn more, change the globe

ギャングや尻軽になれなんて誰も言ってない/もっと読め、もっと学べ、世界を変えろ

▶ Verse 3後半、Nasが子供たちに進むべき道を直接示す件。学習対象は下の行。

下の行 Read more, learn more, change the globe に注目です。これは命令形(動詞で始まる文)を3つ並べた並列構文になっています。

Read more(もっと読め)→ learn more(もっと学べ)→ change the globe(世界を変えろ)と、同じ形をリズムよく畳むことで、メッセージが標語のように耳に残ります。英語では 命令形+more を重ねるこの型がスローガンの定番です(Do more, be more など)。

change the world ではなく change the globe としたのは、上の行の hoes と globe で韻を踏むためです。意味と音、両方を成立させる選語だと思います。

教育(読む・学ぶ)を救いの道として真ん中に置くのが、この曲の一貫した立場です。

Ghetto children, do your thing — 「思うようにやれ」の do your thing

★ イディオム
Nas(Verse 3) 3:29

▶ Verse 3、結びへ向けて子供たちの背中を押す件。

結びの直前、Nasは「ghetto children, do your thing(ゲットーの子供たちよ、思うようにやれ)」と呼びかけます。

do your thing は「自分のやり方でやれ・のびのびやれ」を表す口語イディオムです。thing が「その人らしいこと・得意なこと」を指し、直訳の「お前のことをやれ」から「自分らしく突き進め」の意味になります。

都市部で貧困層・特に黒人が集中して暮らす地区を指す語。もとは移民や特定集団を隔離した居住区の呼称。ここでは Nas 自身の出自であるクイーンズブリッジのような環境の子供たちへの呼びかけ (ゲットー)は、都市の貧困地区を指します。Nas自身の地元、ニューヨーク・クイーンズの クイーンズブリッジもそうした環境でした。

同じ場所で育つ子供たちへ、素朴に「お前ららしくやれ」と声をかける一句です。

You're a king — 一人ひとりを王と女王に戻す結び

★ 表現/サンプル連動
Nas(Verse 3 結び) 3:29

Hold your head up, little man, you're a king!
Young princess, when you get your wedding ring...

顔を上げろ、少年、お前は王なんだ!/若き王女よ、いつか結婚指輪をはめるとき…

▶ 曲の結び。Verse 3冒頭の「kings and queens」を、一人ひとりへの呼びかけで回収する件。

曲のしめくくりです。Hold your head up(顔を上げろ・胸を張れ)は、うつむくな・誇りを持てという定番の励まし表現になっています。

そして you're a king(お前は王だ)で、Verse 3 冒頭の「俺たちは王であり女王だった」を、今を生きる一人の少年へと回収します。

続く young princess(若き王女)への語りかけも対になっていて、男の子は king、女の子は queen/princess へと戻されます。

この直後にNasが歌う「She's my Queen」は、映画『星の王子ニューヨークへ行く(Coming to America)』の劇中歌「She's Your Queen-To-Be」を下敷きにしたものです。hold ~ up(〜を上げて保つ)という句動詞ごと、前向きな締めの言葉として覚えておきたい一節です。

Save the music, y'all — outro に置かれた願い

★ 表現/文化
Nas(Outro) 4:10

▶ 曲の最後、フェードアウトしながら繰り返される outro。

曲の最後は「Save the music, y'all(音楽を守ろう、みんな)」という一句が繰り返されて終わります。

save はここでは「守る・救う」の意味です。save the ~ は Save the whales(クジラを守れ)のように、キャンペーン的な呼びかけで広く使われる形になっています。

文末の you all の短縮。「あなたたち・みんな」を指す二人称複数。もとはアメリカ南部の言い方で、いまは黒人英語・カジュアル英語全般で親しみを込めた呼びかけとして広く使われる (y'all)は you all(あなたたち)の短縮で、親しみを込めた「みんな」への呼びかけです。

この outro は、学校から音楽の授業が削られていく状況への、ささやかな抵抗のメッセージでもあります。「学べ・誇りを持て」と言い続けた最後に、その入口になる音楽を消すな、と置くこの締め方に、Nasの一貫した姿勢が出ていると思います。

文化的背景

コンシャス・ヒップホップ

子供に向けて作られた、異色のヒット曲

ヒップホップには、社会や人生のメッセージを前面に出すコンシャス(意識的)な系譜があります。

「I Can」はその中でも、はっきりと子供をターゲットにしたという点で異色です。

露骨な言葉を排し、合唱団の子供たちにフックを歌わせ、ラジオや学校でもかけられる作りにしています。

挑発やパーティではなく、「ドラッグに近づくな」「背伸びするな」「学べ」という親や教師のようなメッセージで、ビルボードHot 100の12位という大ヒットを記録しました。

社会的メッセージと商業的成功を両立させた、Nasのキャリアでも特別な一曲だと思います。

キーワード早見表

この曲で学んだ表現の整理

listen up よく聞いて・注目して(命令)。教室や号令の定番
the company you keep 付き合う仲間。companyは「会社」でなく「交友相手」
act your age 歳相応に振る舞え。背伸び/子供じみた言動の両方をたしなめる
strung out 薬物に依存しきった状態。string(糸)が語源
zero copula be動詞が落ちるAAVE文法(You thinking=You are thinking)
kings and queens アフロセントリズムの核フレーズ。奴隷以前の誇りの象徴
wanna / gonna want to / going to の口語短縮。歌詞・会話で頻出

サンプル・制作の裏側

サンプル元(メロディ)

誰もが知るピアノ — ベートーヴェン「エリーゼのために」

この曲の顔は、なんといってもあのピアノです。

ベートーヴェン「エリーゼのために」(Bagatelle No. 25, 1810) の、ピアノを習った人なら一度は弾くあの旋律を、そのまま土台にしています。

プロデューサーの Salaam Remi は、世界中の誰もが知っているクラシックを敷くことで、子供にも大人にも、国や世代を越えて一発で届く"つかみ"を作りました。

重いテーマを語る曲だからこそ、入口は最高に親しみやすく、という設計が効いていると思います。

サンプル元(ドラム/声)

最も有名なドラムブレイク+映画からの「Queen」

ピアノの下で叩いているドラムは、ヒップホップ史上最もサンプリングされたブレイクのひとつ、The Honey Drippers「Impeach the President」(1973)です。

無数の名曲を支えてきた、"黄金の8小節"にあたります。

さらに曲の最後、Nasが歌う「She's my Queen」は、エディ・マーフィ主演の映画『星の王子ニューヨークへ行く(Coming to America, 1988)』の劇中歌「She's Your Queen-To-Be」を引いたものです。

クラシック・名ブレイク・映画ネタを一曲に重ね、しかも嫌味なく子供向けに仕上げる、Salaam Remiの編集センスが光っていると思います。

締めのひと言

「Save the music」という outro

曲の最後で繰り返される「Save the music(音楽を守れ)」という outro は、学校から音楽の授業が削られていく状況への、ささやかな抵抗のメッセージでもあります。

子供たちが何かを表現する手段(歌や音楽)を奪わないでほしい、という願いです。

曲全体が「学べ・誇りを持て」と言い続けた最後に、「その入口になる音楽を消すな」と置くこの締め方に、Nasの一貫した姿勢が出ていると思います。

評価とその後の影響

指標
記録
意義
US Billboard Hot 100
最高12位
Nasのソロ最大級のヒットシングル。社会的メッセージ曲としては異例の商業的成功
アルバム
『God's Son』(2003) 収録
父Olu Daraとの関係や母の死を経た時期の作。その中で唯一、子供に向けた光の曲
Parental Advisory
なし(クリーン)
アルバムで唯一警告ラベルが付かず、学校やラジオでかけられる作りに

後世への評価

教室で流せるヒップホップ

露骨な表現が問題視されがちなジャンルにあって、「I Can」は親や教師が安心して子供に聴かせられる数少ないヒップホップのヒット曲として、長く特別な位置を保っています。

英語学習の入口としても、ヒップホップへの入口としても、これほど間口の広い曲は珍しいと思います。

込み入ったスラングを学ぶ前に、まずこの曲で「ラップの英語って案外ちゃんと聞き取れる」という成功体験を持つ、そんな使い方ができる一曲です。

まとめ

  • 「I Can」は歌詞が平易でクリーン、Nasがゆっくり語りかけるので、ヒップホップ英語の"最初の一曲"に向いています。
  • modal can・listen up・the company you keep・act your age など、日常で本当に使う英語とイディオムがそのまま学べます。
  • you thinking(zero copula)や they breath など、AAVEの規則的な文法も平易な行で確かめられます。
  • Verse 3の「kings and queens」はアフロセントリズムの核。史実と物語が混じるので「何のために語るか」で読むのがよいと思います。
  • 土台はベートーヴェン「エリーゼのために」+名ブレイク「Impeach the President」。Salaam Remiの間口の広い設計が効いています。

もっと深く

背景を読む

制作の裏側・時代背景・評価の詳細は、各コラムで掘り下げている。

アーティストについて

Nas

Queensbridge, New York · 1991–

クイーンズブリッジ出身のNasir Jones。1994年「Illmatic」でデビューし、歌詞の密度と詩的表現力でヒップホップ文学の地平を開いた。

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