この記事の見どころ
ゲットーで生きる若者の現実——ドラッグ経済、暴力、生存の論理——を、容赦ない一人称で切り取った一曲。「O.G.(オリジナル・ギャングスター)」として培った処世術と、それでも消えない死の影。Gang Starrがゲットーチャイルドたちに届けた「真実の言葉(werdz)」であり、ブームバップの硬派な美学が凝縮されている。
2003年アルバム『The Ownerz』(Gang Starr最後のスタジオ作)収録。プロデュースはDJ Premier。Galt MacDermot「Coffee Cold」(1966)をサンプリングした重厚なビートが土台。本曲ではGuruがマイクを退き、Gang Starr FoundationのSmiley the Ghetto Childが主役としてラップする。曲名の「Ghetto Child」はSmileyの名義そのものに由来する。プロデューサーとラッパーの対話形式で、ゲットーの現実をリアルに刻んだ一曲。
2003年、ヒップホップはサウスやクランクが台頭し、90年代型イーストコースト・ブームバップは商業的に逆風の時代に入っていた。そんな中でGang Starrは『The Ownerz』で一貫して硬派なストリート・ラップを貫いた。本曲ではGuruが自ら主役を退き、Gang Starr Foundationの若手Smiley the Ghetto Childにマイクを託す。ゲットーで生きる若者の論理と危険を、当事者の声でビートに乗せて描写した一曲だ。
[Smiley] Aiyyo I got the dimes that I get, I got the dimes that I bring
[Preem'] Yo, yo yo
[スマイリー] 俺が手に入れるダイムも、俺が運ぶダイムも全部わかってる
[プレム] よう、よう
[Smiley] Yo Preem', what's good?
[Preem'] What's good man - you still f**kin' with that s**t son?
[スマイリー] よう、プレム、調子どうだ?
[プレム] 調子どう?——お前まだそっちの道続けてんのか?
[Smiley] Yo, don't even come at me with that bulls**t man, whassup?
[Preem'] I'm sayin' man, you said you was gonna leave this s**t alone
[スマイリー] よう、そんなこと言いに来んなよ、どうした?
[プレム] だから言ってんだよ、お前はもうやめるって言ってたじゃねえか
[Preem'] You still on that bulls**t n***a
[Smiley] Son.. SON I'll leave it alone
[プレム] お前まだそんなことしてんのかよ
[スマイリー] わかった……わかった、やめる
[Smiley] When you come and get ready with this music B, what the f**k?
[Preem'] I'm sayin' man, who the f**k you think you are man?
[スマイリー] いつビートを用意してくれんだよ、何やってんだ?
[プレム] 俺が言いたいのはな、お前は自分を何様だと思ってんだ?
Yo, yo
Yo gangsta gangsta, Original Gangster。ゲットーで長く生き残った、本物の古参ギャングスターを指す敬称。 is what you call me
よう、よう
ギャングスター・ギャングスター、俺のことはO.G.と呼べ
It's like my life is like a never-endin' drug story
Make coke, expand, yo you know who I am
俺の人生は終わりのないドラッグストーリーみたいなもの
コカインを扱い、縄張りを広げる——俺が何者か、わかるだろ
Death percentages rises in the hood like grams
Who done it and ran, who 銃撃した、殺したという意味のNYスラング。「blam」は銃声の擬音から派生。 on my fam'
フッドでは死の確率がグラムのように積み上がっていく
誰がやって逃げた、誰が俺の身内を撃った
Out the window every night, deadly intentions man
Cocked back and ready to fire, hit man for hire
毎晩窓から外を眺め、殺意を抱えて
撃鉄を起こして引き金を引く準備、雇われた殺し屋
And f**k politicians, nothin' but liars
As I build my Cash Rules Everything Around Me(金が全てを支配する)の略。Wu-Tang Clan「C.R.E.A.M.」で有名になったスラング。 , with self esteem
政治家はクソくらえ、嘘つきしかいない
俺は自尊心を持ちながら金を積み上げていく
But drink the water from the streams, of ギャングスタ特有のリラックスした前傾姿勢、またはギャングスタ的なライフスタイルへの傾倒を指す。
To keep food on my plate, stick a MAC to your face
でもギャングスタな流儀の水を飲み続けて
飯を食い続けるために、お前の顔にMACを突きつける
So I never have to fall off, so you can never underrate
Force pressure, is the techniques of real men
だから絶対に落ちぶれない、お前には俺を軽く見ることはできない
力で圧力をかけることが、本物の男のやり方だ
So when you slam the doors, we still get in
It's like demons when, what you fight that you can't see'll
だからドアを叩き閉められても、俺たちは入っていく
見えないものと戦うのは、まるで悪魔と戦うようなもの
Come out your buildin', and get shot drastically
The way of the world, アフリカ系アメリカ人コミュニティ内での「仲間」「同士」を意味する語。コミュニティ外部からの使用は不適切。 何かを強烈に欲している状態。薬物への渇望から転じて、強い欲求・執着全般を指す。 to pull it
建物から出てきたら、容赦なく撃たれる
この世の道理——みんな引き金を引こうと渇望している
You either bite the dust, or just dodge that bullet
倒れて死ぬか、銃弾をかわすか——それだけだ
レーガン政権以降の格差拡大とコカイン・クラックの蔓延が残した傷は、2000年代に入ってもニューヨークのゲットー——ブルックリン、ハーレム、サウス・ブロンクス——に色濃く残っていた。暴力と貧困の中で育った「ゲットーチャイルド(ghetto child)」と呼ばれる世代の現実を、この曲は当事者の声で描く。
Gang Starrはこの現実に対して説教や批判ではなく、一人称の語りで内側から描写するアプローチを取った。「werdz(words/言葉)」というタイトルが示すように、この曲はゲットーで生きる者だけが知る「真実の言葉」を届けることを使命としていた。語り手をGuru自身ではなく、実際にその世界を生きるSmiley the Ghetto Childに委ねた点が象徴的だ。
2003年当時、サウスのクランクやコマーシャルなヒップホップが主流化する中で、Gang Starrは硬質でリアリスティックな視点を最後まで崩さなかった。この姿勢はMobb Deep、Nas、Wu-Tang Clanと共有された、「リアル」を核心に据えたイーストコースト・ブームバップの系譜そのものである。
サンプリング:DJ PremierはこのトラックでGalt MacDermot「Coffee Cold」(1966)をサンプリングしている。ミュージカル『Hair』の作曲家として知られるMacDermotのインストは、その重く沈んだムードがブームバップ素材として度々引用されてきた名曲。Premierはそこから抽出した素材を刻み直し、ゲットーの緊張感を映すダークなビートに仕立てた。
曲名の由来:「Ghetto Child」は客演ラッパーSmiley the Ghetto Childの名義そのものに由来する。Guruがマイクを退いてGang Starr Foundationの若手に主役を譲るという構成自体が、曲名と直結している。
ボーカルスクラッチ:DJ Premierは随所にスクラッチを織り込み、楽曲のテーマと音を一致させる緻密な設計を施している。Guru不在のバースでも、PremierのターンテーブルワークがGang Starrとしての一貫したサウンドを保証している。
BPM約93:ミッドテンポのグルーヴは聴き手に歌詞をじっくり咀嚼させるための意図的な選択。速すぎず遅すぎず、頭を縦に振りながらリリックを追える理想的な「ブームバップ速度」。
『The Ownerz』(2003)はGang Starr最後のスタジオアルバムであり、Guruの2010年の死去によって結果的にデュオの遺作となった。「Werdz from Ghetto Child」は、Guruが次世代に光を当てたトラックとして、グループの「Foundation(一門)」を重んじる姿勢を体現している。
DJ Premierのプロダクションスタイル——素材の選択・刻み・スクラッチの配置——は90年代を通じて確立され、Nas「N.Y. State of Mind」、Group Home「Supa Star」、Jeru the Damaja作品など無数のブームバップ名曲を生んだ。その美学は2000年代の『The Ownerz』でも一切ぶれていない。
日本では、DJ PremierのビートとGuruの知的なラップの組み合わせは90年代初頭からヘッズの間でバイブル的存在だった。MURO、DJ KRUSH、Buddha Brand、Rhymesterなど日本のトラックメイカー・ラッパーへの影響は計り知れない。「リアルであること(keep it real)」の哲学は日本のヒップホップシーンにも深く浸透し、今なお語り継がれている。
Gang Starrは2000年代にも複数回来日し、Guruの死後もDJ Premierは単独で来日。Gang Starrの楽曲をプレイするDJセットで日本のファンを魅了し続けている。これらの来日公演は日本ヒップホップ史の伝説的イベントとして記憶されている。
Gang Starr
Boston, Massachusetts / Houston, Texas · 1987–2003, 2019
GuruとDJ Premierによる2人組。ジャズサンプリングとハードコアビートを融合させた「ジャズラップ」の先駆者として、1998年「Moment of Truth」で批評・商業両面の頂点を迎えた。Guruは2010年に心臓発作で49歳にて死去。