WAX&THINK
検索
言語・スラング

AAVEとは何か——ヒップホップが世界に広めた言語

African American Vernacular English(AAVE)の文法・語彙・音韻を解説。ヒップホップの歌詞がAAVEをいかに使い、それが世界中に広まった経緯を、具体的なスラングとともに読み解く。

by BlackTiger

AAVEとは何か

AAVE(African American Vernacular English)は、アフリカ系アメリカ人のコミュニティで発達した英語の変種だ。「方言」と呼ばれることもあるが、言語学的には独自の文法規則・音韻体系・語彙を持つ体系的な言語変種であり、「崩れた英語」「スラング」とは異なる。

1996年、カリフォルニア州オークランド教育委員会がAAVEを「Ebonics」と名付けて正式な言語として認定しようとした際、全米で激しい論争が起きた。Big L「Ebonics」(prod. Ron Browz, 1998)はその論争への応答でもあり、AAVEの語彙を百科事典的に羅列した曲だ。

AAVEの文法的特徴

AAVEには標準英語と異なる独自の文法規則がある。ヒップホップの歌詞を正確に理解するために知っておくべきものを挙げる。

Habitual be(習慣的be)

「She be workin' late」——標準英語の「She works late」に相当するが、意味が異なる。habitual beは「いつもそうである」「習慣的にそうである」を示す。A Tribe Called Quest「Check the Rhime」(prod. A Tribe Called Quest, 1991)のリリックにも頻出する構造だ。

Copula deletion(be動詞の省略)

「He crazy」「They on the corner」——AAVEでは状態や場所を表すbe動詞が省略される。Nas「N.Y. State of Mind」(prod. DJ Premier, 1994)のバースにも多用されており、これは文法的な誤りではなくAAVEの規則だ。

Double negative(二重否定)

「I ain't got nothing」——標準英語では「I don't have anything」。AAVEでは二重否定が強調として機能し、「何も持っていない」という意味を持つ。Notorious B.I.G.「Juicy」(prod. Puff Daddy, 1994)でも使われる構造。

ヒップホップが世界に広めたAAVEの語彙

1990年代以降、AAVEの語彙はヒップホップを通じて非アフリカ系アメリカ人の若者にも急速に広まった。現在では英語圏全体、さらには日本語の若者言葉にも影響している。

「dope」

元義は「麻薬」。ヒップホップで転義され「最高」「かっこいい」を意味するようになった。Souls of Mischief「93 'Til Infinity」(prod. A-Plus, 1993)でも褒め言葉として使用。現在は英語圏全般で使われる。

「chill」「chillin'」

「リラックスする」「のんびりする」。A Tribe Called Quest「Electric Relaxation」(prod. Q-Tip, 1993)の世界観そのものだ。「chill out」「just chill」の形で世界中の若者語彙に入った。

「hustle」

元義は「強引に進む」。ヒップホップでは合法・非合法を問わず「路上でカネを稼ぐ」活動全般を指す。Group Home「Bodega」(prod. DJ Premier, 1995)のような90年代NYハードコアHHの核心概念。

「real」「keep it real」

「authentic(本物)」の意味。ヒップホップにおける最重要概念の一つで、虚飾なく自分の経験・背景に忠実であることを意味する。Das EFX「Real Hip Hop」(prod. DJ Premier, 1995)はこの概念を曲名にした作品だ。

「flow」

MCのラップのスタイル・リズム・滑らかさ。元はAAVEの「ものごとが流れるように進む」という概念から来ており、ヒップホップで「ラップの技術的な側面」を指す専門用語になった。

AAVEと日本語ヒップホップ

日本語ヒップホップの歌詞には、AAVEからヒップホップ経由で入った語彙が多数含まれる。「ヤバい(dope)」「チル(chill)」「リアル(keep it real)」「フロウ(flow)」——これらはすべてAAVEのコンセプトが日本語に溶け込んだものだ。

ヒップホップの歌詞を読むということは、AAVEという言語の論理を理解することでもある。「なぜその英語表現が標準英語と違うのか」という問いは、「それはAAVEの文法だから」という答えを持つことが多い。このサイトのスラング解説はその橋渡しを目指している。

さらに深く知るために

AAVEの語彙を最も体系的に整理した楽曲として、Big L「Ebonics」(prod. Ron Browz, 1998)は必聴だ。1曲の中に数十のAAVEスラングが収められており、解説付きで読むと90年代ストリートの語彙辞典として機能する。

スラング索引では、このサイトに登場するスラング・AAVEを一覧で確認できる。

関連アルバム(Amazon)

※当サイトはAmazonアソシエイト・プログラムの参加者です。上記リンクから商品を購入すると、当サイトが紹介料を得る場合があります。価格・在庫はAmazon側の表示に準じます。