この記事の見どころ
元ネタ
表面上は「99の問題があっても、女(b****)はそのひとつじゃない」というボーストだが、Jay-Zはこれを意図的に批評家・メディア・法執行機関を煙に巻くための「偽装」として設計したと語っている(著書『Decoded』)。Verse 1では批評家・メディアの圧力、Verse 2では1994年に麻薬を積んだ車で警官に停車させられ第4修正条項で捜索を拒否する場面、Verse 3ではストリートでの暴力と法廷をくぐり抜けた経験——3つのVerse それぞれが「99の問題」の異なる層を描く。「b****」は女性のことではない、という逆説がこの曲の核心。
2003年アルバム『The Black Album』収録。Jay-Zの「引退作」として発表された本作の中で最も政治的かつロック的な楽曲。プロデューサーはRick Rubin——Billy Squier「The Big Beat」(1980)のドラムブレイクを骨格に、ヒップホップとロックが完全に融合したサウンドを構築した。「b****」「99 problems」のフレーズはIce-T「99 Problems」(1993)からの引用・再解釈でもある。
2003年——Jay-Zはロッカフェラ・レコードのCEOとして君臨しながらも、ラッパーとしての引退を宣言。「The Black Album」はその「最後の作品」として設計された。当時の米国では9.11後の監視社会化と、黒人コミュニティへの人種プロファイリング(racial profiling)が深刻化していた。Verse 2は実際に1994年頃Jay-Zが経験した警官との対峙を元にしており、「音楽として包まれた法律教育」という側面を持つ。
★ フックの先出し——「b****」の罠
If you're havin' girl problems, I feel bad for you, son
I got ninety-nine problems, but a この曲でのb***hは①女性(恋愛問題)②敵・批評家③警察犬(K9)④問題そのもの、という複数の意味で使われる。Jay-Zは著書Decodedで、批評家がこれを字義通りに読んで女性蔑視と批判したことを逆手に取った、と語っている ain't one
女の問題があるなら同情するよ、息子よ
俺には99の問題があるが、b****(女/犬)はその一つじゃない
★ ラップ批評家との戦争
I've got the Rap Patrol on the 銃(ガット)。gun のスラング。ギャングスタラップ文脈で広く使われた もう一度タップで詳細 → patrol
Foes that wanna make sure my casket's closed
ラップの警察(批評家)が銃(ガット)のパトロールで俺を監視してる
俺の棺桶のフタを閉めたい敵たちがいる
Rap critics that say he's Money, Cash, Hoesはwhores(売春婦)の複数形。批評家がJay-Zを拝金主義的・女性蔑視的なラッパーとして単純化していることへの皮肉
I'm from the hood, stupid! What type of facts are those?
ラップ批評家は「あいつは金と現金と女だけ」と言う
俺はフッド出身だぞ、馬鹿め!それがどんな事実だって言うんだ?
If you grew up with holes in your スペイン語で「靴」。ラテン系コミュニティとの共有された貧困経験を示す語彙の選択。英語とスペイン語を混ぜることでNYの多文化的なフッド環境を体現
You'd celebrate the minute you was havin' dough
靴(サパトス)に穴を開けながら育ったなら
金を持てた瞬間を祝うのは当然だろ
I'm like, "F*** critics, you can kiss my whole asshole!
If you don't like my lyrics, you can press fast forward"
俺は言う、「批評家なんてクソくらえ、俺のケツでも舐めろ!
俺の歌詞が嫌なら早送りしてくれ」
Got beef with radio if I don't play they show
They don't play my hits, well, I don't give a s***, so
ラジオ局のイベントに出演しないと、向こうから文句が来る
曲をかけてくれないが、まあどうでもいい
Rap mags try and use my black ass
So advertisers can give 'em more cash for ads
ラップ雑誌は俺の黒い尻を利用しようとする
広告主から広告費をもっと引き出すために
f**kers, I don't know what you take me as
Or understand the intelligence that Jay Z has
I'm from rags to riches, アフリカン・アメリカンの間でのin-group term(内部用語)。この文脈では仲間・同士への呼びかけ。部外者による使用は侮辱となる , I ain't dumb
I got ninety-nine problems, but a b**** ain't one – hit me!
このクソども、俺のことを何だと思ってる
Jay-Zの知性を理解できていない
俺はボロから富へ、仲間たち、俺は馬鹿じゃない
99の問題があるが、b****(女/犬)はその一つじゃない——来い!
Ninety-nine problems, but a b**** ain't one
If you're havin' girl problems, I feel bad for you, son
I got ninety-nine problems, but a b**** ain't one – hit me!
99の問題があるが、b****(女/犬)はその一つじゃない
女の問題があるなら同情するよ、息子よ
俺には99の問題があるが、b****(女/犬)はその一つじゃない——来い!
★ 1994年、高速道路での停車
The year is '94, in my trunk is raw
In my rearview mirror is the motherf***in' law
年は1994年、トランクには生のブツ(コカイン)がある
バックミラーには、くそったれの法(警察)が映っている
Got two choices, y'all: pull over the car or
Bounce on the devil, put the pedal to the floor
And I ain't tryin' to see no highway chase with 警察のスラング(cop / police)。NYのストリートスラングで警官を指す隠語
選択肢は2つだ:車を停めるか
全力で逃げるか、アクセルを踏み切るか
でも警官(ジェイク)と高速チェイスはしたくない
Plus I got a few dollars, I can fight the case
So I pull over to the side of the road
それに金も少しあるし、法廷で戦える
だから俺は道路の端に車を寄せた
★ 警官との問答——人種プロファイリングの露呈
I heard, "Son, do you know why I'm stopping you for?"
"'Cause I'm young and I'm black and my hat's real low?
Do I look like a mind reader, sir? I don't know
Am I under arrest or should I guess some more?"
「息子よ、なぜ俺が止めたかわかるか?」と聞こえた
「俺が若くて黒人でキャップを深くかぶってるから?
俺が心を読めるように見えますか、お巡りさん?知らないね
逮捕されてるんですか?それとももっと当ててみましょうか?」
"Well, you was doing fifty-five in a fifty-four
License and registration and step out of the car
Are you carrying a weapon on you? I know a lot of you are"
「お前は54マイル制限のところを55マイルで走っていた
免許証と車検証、そして車から出てくれ
武器を持っているか?お前らの多くが持っているのは知ってる」
★ 第4修正条項の盾——この曲の核心
I ain't steppin' out of s***, all my paper's legit
"Well, do you mind if I look around the car a little bit?"
Well, my glove compartment is locked, so is the trunk in the back
And I know my rights, so you gon' need a 捜索令状。第4修正条項(Fourth Amendment)は不当な捜索・押収を禁じており、警察は相当な理由(probable cause)と令状なしに車内を捜索できない。これを知識として使い警官の違法捜索を拒否している for that
俺は出ねえよ、書類はすべて合法だ
「車の中をちょっと見てもいいですか?」
グローブボックスは鍵がかかってる、後ろのトランクもそうだ
俺は自分の権利を知ってるから、令状(ワラント)が必要だぜ
"Aren't you sharp as a tack?
You some type of lawyer or something?
Somebody important or something?"
「なかなか頭がいいじゃないか?
弁護士か何かか?
何か偉い人か何かか?」
Well, I ain't passed the 弁護士資格試験(Bar Exam)。アメリカで弁護士になるには各州の試験に合格する必要がある , but I know a little bit
Enough that you won't illegally search my s***
バー試験には受かってないが、少しは知ってる
お前が俺の車を違法に捜索できないくらいにはな
★ K9の脅し——「b****」の本当の意味
"Well, we'll see how smart you are when the 警察の麻薬探知犬ユニット。K-9(ケーナイン)と発音。このK9という犬(b****)の登場が、フックの「b**** ain't one」の真の意味に繋がる——問題はb***h(女)ではなくb***h(警察犬)でもない、という逆説的な解釈 come!"
I got ninety-nine problems, but a b**** ain't one – hit me!
「K9(警察犬)が来たら、お前がどれだけ賢いか見てやろうじゃないか!」
俺には99の問題があるが、b****(犬)はその一つじゃない——来い!
Ninety-nine problems, but a b**** ain't one
If you're havin' girl problems, I feel bad for you, son
I got ninety-nine problems, but a b**** ain't one – hit me!
Ninety-nine problems, but a b**** ain't one
If you're havin' girl problems, I feel bad for you, son
I got ninety-nine problems, but a b**** ain't one
99の問題があるが、b****(女/犬)はその一つじゃない
女の問題があるなら同情するよ、息子よ
俺には99の問題があるが、b****(女/犬)はその一つじゃない——来い!
99の問題があるが、b****(女/犬)はその一つじゃない
女の問題があるなら同情するよ、息子よ
俺には99の問題があるが、b****(女/犬)はその一つじゃない
★ かつての武力衝突
Now once upon a time not too long ago
A アフリカン・アメリカンの間でのin-group term(内部用語)。この文脈では「俺みたいな男」という意味合い。部外者による使用は侮辱となる like myself had to strong-arm a whoreのスラング。Verse 3ではこれが男性を指している——「节操のない男」を意味する。Jay-Zは次の行でその定義を即座に説明する
かつて、そんなに昔じゃない頃
俺みたいな男は、ある「ho(節操なし)」を力で押さえなきゃいけなかった
This is not a ho in the sense of havin' a p****
But a p**** havin' no goddamn sense, try and push me
これはアソコを持つ「ho(女)」という意味じゃない
アソコを持ちながら(弱虫で)全く常識がない、俺を挑発しようとしたヤツのことだ
I try to ignore him, talk to the Lord
Pray for him, but some fools just love to perform
You know the type, loud as a motorbike
But wouldn't bust a grape in a fruit fight
無視しようとした、神に語りかけ
そのためにお祈りもした、でも一部の馬鹿は演じるのが好きなんだ
わかるだろ、そのタイプ——バイクみたいにうるさいが
フルーツ合戦ではブドウ一粒も潰せないやつ
★ 暴力→逮捕→法廷の連鎖
And only thing that's gon' happen is I'ma get to 銃を撃つ(shooting / firing)。clap は銃声の擬音から転じてスラング化した
And he and his boys gonna be しゃべりまくる・密告する(yap = おしゃべり)。ここでは警察に密告するという意味 to the Captain
そうなると俺は引き金を引くことになり(クラッピン)
そいつとその仲間は警察署長(キャプテン)に密告することになる
And there I go, trapped in the 刑務所・留置所のスラング(Kit-Kat bar = 鉄格子のある場所。barはバーチョコのbarと鉄格子のbarの掛け言葉) again
Back through the system with the riff-raff again
そして俺はまたKit-Kat(留置所)に閉じ込められ
また屑どもと一緒にシステムの中を通らなきゃならない
Fiends on the floor, scratchin' again
Paparazzis with they cameras, snappin' 'em
D.A. try to give a 内部用語。ここでは「俺」を指す shaft again
Half a mil' for bail 'cause I'm アフリカ系(黒人)であること。50万ドルという高額保釈金の根拠として「黒人であること」を挙げることで、刑事司法における人種的不平等を直接告発する
床では中毒者が体を掻きむしり
パパラッチたちがカメラで撮りまくる
検察官(DA)はまた俺を嵌めようとする
保釈金は50万ドル、俺がアフリカ系だから
All because this fool was harassin' them
Tryin' to play the boy like he's サッカリン——人工甘味料。甘く見せかけているが本物じゃないという意味の比喩。「サッカリンみたいに扱う」=「偽物・弱者として見下す」
But ain't nothin' sweet 'bout how I hold my gun
I got ninety-nine problems, bein' a b**** ain't one – hit me!
すべてはそのバカが俺たちに絡んできたから
そいつは俺をサッカリン(偽の甘さ、弱者)のように扱おうとした
でも俺の銃の持ち方には甘いところは何もない
99の問題があるが、b****(弱虫)であることはその一つじゃない——来い!
Ninety-nine problems, but a b**** ain't one
If you're havin' girl problems, I feel bad for you, son
I got ninety-nine problems, but a b**** ain't one – hit me!
99の問題があるが、b****(女/犬/弱虫)はその一つじゃない
女の問題があるなら同情するよ、息子よ
俺には99の問題があるが、b**** はその一つじゃない——来い!
You crazy for this one, Rick
It's your boy
これはイカれてるよ、リック(ルービン)
お前の相棒(Jay-Z)より
第4修正条項(Fourth Amendment)
米国憲法修正第4条は「不当な捜索・押収からの市民の保護」を定める。警察は「相当な理由( 相当な理由。警察が捜索・逮捕を行うために必要な法的根拠。単なる疑いや人種的偏見は相当な理由にならない )」と令状なしに、原則として私有財産や車内を捜索できない。しかしVerse 2が描くように、黒人男性が日常的に受ける「Driving While Black(黒人ゆえの停車)」という人種プロファイリングの現場では、この権利が知識なしに踏みにじられることが常態化していた。Jay-Zのリリックは「Know Your Rights(自分の権利を知れ)」というメッセージを、説教ではなくナラティブとして届ける。
人種プロファイリング(Racial Profiling)
1994年当時——そして現在も——米国では黒人男性が白人男性の約2〜3倍の割合で警察に停車させられることが統計で示されている(ACLU調査)。「99 Problems」のVerse 2は、この統計を生きた一人の人間の視点で体験させる装置として機能する。「なぜ止めたか?」という問いに「54マイル制限で55マイル」という微細な違反を答える警官の台詞は、プロファイリングの論理——合理的な根拠よりも人種的偏見が先行する——を暴露する。
キーワード解説
制作秘話 01
Rick RubinはRun-DMCとAerosmithの「Walk This Way」(1986)コラボで「ロック×ヒップホップ」の結婚を証明した伝説的プロデューサー。「99 Problems」ではBilly Squier「The Big Beat」(1980)のドラムブレイクを骨格に、太いギターリフとメタリックなエネルギーを乗せた。Jay-Zがラップのサウンドを「ロック・スタジアム」に持ち込んだ瞬間であり、後のKanye West、Eminem、Lil Nas Xのロック×ヒップホップ融合の直接の先例となった。アウトロでJay-Zが「You crazy for this one, Rick(リック、これはイカれてるよ)」と言う場面が、二人の化学反応を象徴する。
制作秘話 02
「The Big Beat」(1980年)はBilly Squierのロック・チューンだが、そのドラムパターンはLL Cool J「Rock the Bells」(1985)や数多くの初期ヒップホップ作品でも使われてきた伝説的ループ素材。Rick Rubinはこのビートをゼロから再解釈し、「体育館の床を打ち鳴らすような」圧倒的な物理的重量感を持つトラックを構築した。Jay-Zはその上に装飾を排したミニマルなフロウを乗せることで、Verse 2の台詞劇的な歌詞の密度を最大化した。
制作秘話 03
Jay-Zは2003年11月のThe Black Album発売とともに「ラッパーとしての引退」を宣言した(2006年に撤回)。「99 Problems」はその「引退作」の中核曲として設計されており、ストリート時代・法との衝突・メディアの攻撃・音楽ビジネスの問題——Jay-Zが生きてきた「99の問題」のカタログとして機能する。ミュージックビデオ(Mark Romanek監督)では最後にJay-Zが射殺される場面で終わり、「ラッパーとしての死(引退)」を文字通り演じた。また著書『Decoded』(2010)でJay-Zはこの曲を「批評家が表面しか読まないことを暴く仕掛け」として設計したことを明かしている。
後世への影響
この曲はヒップホップが「ロック的な重量感」を纏いつつ、高度な法的・政治的リテラシーを歌詞に埋め込めることを証明した。BLM(Black Lives Matter)運動以降、Verse 2は「Know Your Rights(自分の権利を知れ)」教育の文脈で再発見され、警官との接触における法的自衛の「教材」として引用されることが増えた。
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99 Problems / The Black Album
Jay-Z
Jay-Z
Marcy Projects, Brooklyn, New York · 1993–
ブルックリン・マーシー団地出身のShawn Corey Carter。1996年デビュー作「Reasonable Doubt」からRocafella Records設立、Def Jam CEO就任まで、ラッパーと実業家の両軸でヒップホップ史を塗り替えた。「The Blueprint」(2001)「The Black Album」(2003)「4:44」(2017)など時代ごとの金字塔を残す。