この記事の見どころ
元ネタ
「Cash Rules Everything Around Me(金が周りのすべてを支配する)」——クラック・エピデミックが蔓延したインナーシティで、金のために生き、金のために死ぬほかない若者たちの絶望的な叫びを描いた楽曲。拝金主義の讃歌ではなく、貧困の構造的暴力への痛切な告発。
1994年リリース。RZAがThe Charmelsの哀愁ピアノをサンプリングし、RaekwonとInspectah Deckがヴァースを担当。Wu-Tang Clanで最大のヒットとなり、4×プラチナ認定。「C.R.E.A.M.」という語は後に英語辞書に「現金」のスラングとして収録された。
G-Funk全盛期の1994年、スタテンアイランドから放たれた東海岸の反撃。クラック・コカインが蔓延し殺人件数が年間2,000件を超えたニューヨークの現実を、RZAの泥臭いブーンバップに乗せてリアルに描写した。
(Raekwon speaking)
What that nigga want God?
Word up, look out for the 警察のこと。この後「Jakes(Jakes)」という隠語も登場する (Cash Rules)
Word up, two for fives over here baby
Word up, two for fives them niggaz got garbage down the way
Word up, know what I'm sayin'?
(Method Man speaking)
(Cash Rules Everything Around Me, C.R.E.A.M. get)
Yeah, check this ol' fly shit out, word up
(Cash Rules Everything Around Me)
Take you on a natural ①素晴らしい楽曲・作品 ②大麻を巻いたジョイント、のダブルミーニング
(C.R.E.A.M. get the money)
Here we here we go
(Dollar, dollar bill y'all)
Check this shit, yo!
(Raekwonの語り)
あいつは何が欲しいんだ、 「Five-Percent Nation」の教義で黒人男性への敬称。キリスト教的な神への呼びかけではない よ?
マジな話、サツ(警察)には気をつけろ(金が支配する)
マジだ、こっちには2個で5ドルの上物があるぜ、ベイビー
マジだぜ、2個で5ドルだ、向こうの連中が持ってるのはゴミクズだ
マジだ、俺の言ってること分かるか?
(Method Manの語り)
(金が俺の周りのすべてを支配する、C.R.E.A.M. 稼ぐんだ)
ああ、このイケてる古いシットを聴いてみな、マジだぜ
(金が俺の周りのすべてを支配する)
お前らをナチュラルなジョイント(最高の曲)に連れてってやる
(C.R.E.A.M. 金を手に入れろ)
さあ、行くぜ
(ドル札だ、お前ら)
このシットをチェックしろ、ヨォ!
★ スラングと韻の極致
I grew up on the crime side, the New York Times side
Stayin' alive was no jive
Had secondhands, moms bounced on old man
So then we moved to スタテンアイランドのWu-Tang特有の呼称。カンフー映画「少林寺武者房」の世界観と地理的孤立を重ね合わせた land
A young youth, yo, rockin' the gold tooth, Polo Ralph Laurenのグースダウンジャケット。当時のゲットーにおける最高のステータスアイテム
Only way I begin to ①Get off(成功する・抜け出す)②Gangstaとして動く③G(Grand=1000ドル)を稼ぐ、のトリプルミーニング was drug loot
And let's start it like this, son, rollin' with this one
And that one, pullin' out 銃(ガット)のストリートスラング。拳銃全般を指す for fun
俺は犯罪が蔓延る場所、ニューヨーク・タイムズ紙の事件欄に載るような側で育った
生き延びるのは冗談抜きで大変だった
お下がりを着て、母ちゃんは親父を見捨てて出て行った
それから俺たちは少林(スタテンアイランド)へ引っ越した
血気盛んな若者、ヨォ、金歯を光らせ、ポロのダウンジャケットを着こなす
俺がのし上がる唯一の方法は、麻薬の稼ぎしかなかった
こんな風に始めようぜ、相棒、あいつやこいつとつるんで
面白半分に銃(ギャット)を抜き放つ
But it was just a dream for the teen, who was a fiend
Started smokin' マリファナにコカインやクラックを混ぜた非常に危険なジョイント at sixteen
And runnin' up in ドラッグの売買拠点(トラップハウス)。武装強盗で突入する行為が「runnin' up in gates」 , and doin' hits for high stakes
Makin' my way on fire escapes
No question I would speed, for cracks and weed
The combination made my eyes bleed
No question I would flow off, and try to get the dough all
Stickin' up white boys in ball courts
My life got no better, same damn 'Lo sweater
Times is rough and tough like leather
でもそれはヤク中だった10代の夢に過ぎなかった
16歳でウーリーズ(コカイン入りジョイント)を吸い始めた
売人のアジトに押し入り、ハイリスクな強盗(ヒット)をこなす
非常階段を使って逃げ道を作った
迷うことなく俺は急いだ、クラックとハッパのために
その組み合わせで俺の目は充血して血走った
迷うことなく俺はフローし、すべての金を奪おうとした
バスケットコートで白人のガキどもから巻き上げながらな
俺の人生は一向に良くならなかった、ずっと同じポロのセーターを着たまま
時代は革のように粗く、タフだった
★ 「keys」のダブルミーニング
Figured out I went the wrong route
So I got with a sick ass clique and went all out
Catchin' ①キロ単位のコカイン(kilos=keys)の海外密輸 ②音楽の鍵盤・成功の鍵、のダブルミーニング from across seas
Rollin' in ミニバン(Multi-Purpose Vehicle)。1990年代、Wu-Tang Clanが移動に使っていた実際の車種 , every week we made forty G's
Yo, nigga respect mine, or anger the TEC-9:当時ストリートで使われたセミオート拳銃。手入れ不要な安価な火器として普及
Ch-chick-POW! Move from the gate now
自分が間違った道を歩んでいることに気づいた
だから俺はヤバい仲間(Wu-Tang)と組んで、全力を注いだ
海を越えてやってきたキロ単位のコカイン(または音楽の鍵)を掴み
MPV(ミニバン)に乗り込んで、毎週4万ドル(40 G's)を稼ぎ出した
ヨォ、俺に敬意を払え、さもなくばTEC-9(サブマシンガン)の怒りを買うぞ
カチャッ、バーン! 今すぐ俺のシマから消えな
Cash rules everything around me
C.R.E.A.M.
Get the money
Dollar, dollar bill, y'all
金が俺の周りのすべてを支配する
C.R.E.A.M.(クリーム)
金を手に入れろ
ドル札だ、お前ら
It's been twenty-two long hard years of still strugglin'
Survival got me buggin', but I'm alive on arrival
I peep at the shape of the streets
And stay awake to the ways of the world 'cause shit is deep
A man with a dream with plans to make C.R.E.A.M.
Which failed; I went to jail at the age of fifteen
A young buck sellin' drugs and such who never had much
Trying to get a clutch at what I could not... [ 本来ここに「touch(触れる)」という言葉があったが、RZAのディレイエフェクトのミスで音源から消えた。しかしその「空白」がリリックの絶望感と奇跡的にリンクし、ヒップホップ史上最も美しい空白として語り継がれている ]
いまだに苦闘し続ける、長く過酷な22年間だった
生き残るための日々で頭がおかしくなりそうだが、俺はここで生きてる
俺はストリートの有り様を観察し
この世界のやり方に目を光らせている、事態は極めて深刻だからな
C.R.E.A.M.(金)を稼ぐ計画を持った、夢見る一人の男
それは失敗に終わり、俺は15歳で刑務所に入った
何も持っていなかった若造が、ドラッグなんかを売り捌き
俺には[触れる]ことのできないものを、必死に掴み取ろうとしていた
★ 貧困という名の見えない牢獄
The court played me short, now I face incarceration
Pacin' — going up state's my destination
Handcuffed in back of a bus, forty of us
Life as a shorty shouldn't be so rough
But as the world turns I learned life is hell
Living in the world no different from a cell
Every day I escape from 警察官・悪徳警官を指すニューヨーク特有のストリートスラング givin' chase, sellin' フリーベース(純度の高いクラック・コカイン)
Smokin' クラックを混ぜたマリファナジョイント in the staircase
裁判所に不当な扱いを受け、今や俺は投獄に直面している
檻の中を歩き回る——州立刑務所送りが俺の行き先だ
バスの後部座席で手錠をかけられ、俺たち40人が押し込まれている
ガキとしての人生が、こんなに過酷であるべきじゃないはずだ
だが世界が回るにつれて、人生は地獄だと学んだ
この世界で生きることは、独房(セル)で生きるのと何ら変わりない
毎日、追ってくるサツ(Jakes)から逃れ、クラック(base)を売り
階段の踊り場でコカイン入りのジョイント(bones)を吸う
★ Old Earthへの問い——母の教え
Though I don't know why I chose to smoke 質の高いマリファナの隠語。種無しの良質な大麻「Sinsemilla」から派生
I guess that's the time when I'm not depressed
But I'm still depressed, and I ask what's it worth?
Ready to give up so I seek the 「Five-Percent Nation」由来のスラングで「母親」を指す。生命の源たる大地(Earth)としての女性の敬称
Who explained working hard may help you maintain
To learn to overcome the heartaches and pain
We got stickup kids, corrupt cops, and crack rocks
And stray shots, all on the block that stays hot
Leave it up to me while I be livin' proof
To kick the truth to the young black youth
But shorties runnin' wild smokin' sess, drinkin' beer
And ain't tryna hear what I'm kickin' in his ear
Neglected for now, but yo, it gots to be accepted
That what? That life is hectic
なぜ極上のハッパ(sess)を吸うことを選んだのか、自分でも分からないが
たぶん、その時だけは憂鬱じゃないからだろう
でもやっぱり憂鬱で、「こんなことに何の価値がある?」と自問する
諦めかけて、俺は「オールド・アース(母親)」に助言を求めた
彼女は教えてくれた、懸命に働くことが自分を保つ助けになると
心の痛みや苦しみを乗り越える方法を学ぶためにな
俺たちの周りには強盗キッズ、悪徳警官、クラックの塊があり
常に熱を帯びたブロックには、流れ弾が飛び交っている
俺に任せておけ、俺は生き証人として
若い黒人の若者たちに、この真実を叩き込むためにここにいる
でもガキどもは野放図に走り回り、ハッパを吸い、ビールを飲み
俺が耳元で説く言葉を聞こうともしない
今は無視されているが、ヨォ、これだけは受け入れなきゃならない
何だって? この人生(ストリート)は狂騒に満ちている(ヘクティックだ)ってことをな
Cash rules everything around me
C.R.E.A.M.
Get the money
Dollar, dollar bill, y'all
(Repeat / fading out...)
Yeah
金が俺の周りのすべてを支配する
C.R.E.A.M.(クリーム)
金を手に入れろ
ドル札だ、お前ら
(繰り返し / フェードアウト...)
イェー
クラック・エピデミック
粉末コカインを重曹で固形化した安価なクラック・コカインは、レーガノミクスによる社会福祉削減で疲弊したインナーシティに壊滅的打撃を与えた。1992年のニューヨーク市の殺人事件数は年間2,225件(2020年の477件と比較)——まさに戦場だった。Wu-Tang Clanが育ったスタテンアイランドのパークヒル・プロジェクトもこの惨禍の中心地であり、彼らのリリックはエピデミックの渦中でいかにして生き延びるかという生存戦略そのものである。
Shaolin(少林)= スタテンアイランド
ニューヨーク5区の中でスタテンアイランドだけが地下鉄と繋がっていない。フェリーがなければマンハッタンへ行けないこの地理的孤立が、独自のスラングとハングリー精神を純粋培養した。RZAらはこの島にカンフー映画「少林寺武者房(Shaolin and Wu Tang / 1983)」の世界観を投影し「Shaolin」と呼んだ。東洋の武術哲学とアメリカのインナーシティを融合させるAfro-Asian aestheticは、後のKanye Westやアニメ「アフロサムライ」にも影響を与えた。
キーワード解説
制作秘話 01
楽曲の背骨となる悲哀に満ちたピアノリフは、Isaac HayesとDavid PorterがプロデュースしたThe Charmelsの1967年ソウル楽曲「As Long As I've Got You」のオープニングを執拗にループさせたもの。その下にOtis ReddingとCarla Thomasの「Tramp」から抽出した荒々しいドラムブレイクを重ねた。
西海岸のDr. DreがMoogシンセでクリアなベースラインを弾き直すのに対し、RZAはAKAI MPCとE-mu SP-1200を駆使し埃にまみれた古いレコードをコラージュする手法を極限まで洗練させた。クオンタイズ(リズム自動補正)をあえて無視することで、人間の鼓動のような泥臭く生々しいグルーヴを生み出している。
制作秘話 02
Inspectah Deckのヴァース中盤「Trying to get a clutch at what I could not...」の後に続くはずだった「touch(触れる)」という言葉が音源から完全に消えている。長年リスナーたちは「手の届かない夢を表す意図的な芸術的空白」と絶賛してきたが、実際はRZAがピンポン・ディレイエフェクトを手動でかけようとした際、アナログ機材の限界でディケイが極端に早くかかりすぎたため。
この機材操作のミス(偶然)が、「決して手の届かない夢・富」というリリックのテーマと奇跡的にリンクし、ヒップホップ史上最も美しく詩的な空白を生み出した。制約と偶然を最高峰の芸術へと昇華させたヒップホップの初期衝動が凝縮されたエピソードだ。
制作秘話 03
ビートの隙間には、Delfonicsの「Hey Love」からサンプリングした微かな音の断片と、Wu-Tang系列メンバーの60 Second Assassinが録音したバックグラウンドの呻き声("oohs")が加わっている。美しさと不穏さが同居する唯一無二の音響空間は、低予算のFirehouse Studioにおける人間的な温かみと偶発性から生まれた。
後世への影響
「C.R.E.A.M.(Cream)」はリリース後、「現金」を意味する新しいスラングとして英語圏の辞書に掲載されるほど定着した。シェイクスピアが英語語彙を拡張したのと同様に、Wu-Tang Clanは現代英語に言語学的貢献を果たした。「Dollar, dollar bill, y'all」というパンチラインは後のThe Notorious B.I.G.・Drake・JAY-Z・Kanye Westら200曲を超える作品でサンプリングまたは直接引用されている。
Wu-Tang Clan
Staten Island, New York · 1992–
RZAをリーダーとするスタテンアイランド出身の9人組クルー。インディー精神と東洋哲学・カンフー映画を融合し、1990年代NYヒップホップを再定義した。