この記事の見どころ
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元ネタ
「Acid Raindrops(酸性雨のしずく)」は脳を焼き焦がす日々のストレスの比喩。その苦痛を和らげるのはMary Jane(マリファナ)と極上の音楽だけ——ギャングスタ・ラップが描く銃撃戦でも麻薬密売でもなく、気の合う仲間とレコードを聴きながらチルアウトするという平和な自己防衛を宣言した、LAアンダーグラウンド・ヒップホップの金字塔。
2002年6月リリース。Thes OneとDouble KからなるデュオPeople Under The Stairs(PUTS)のサードアルバム『O.S.T.』収録。ビートの核心はDavid T. WalkerによるBob Dylan「Lay Lady Lay」カバー(1971年)のサンプリング。Akai MPC3000とE-mu SP-1200で構築された「Bro Tools(Pro Toolsのもじり)」製作のローファイ美学が、Spotifyで数千万回再生の代表作を生んだ。
2000年代初頭、メインストリームはBling-Blingの美学とPro Toolsによるクリーンな制作環境に支配されていた。そこへロサンゼルスのミッドシティから、欧州ツアーの収益でレコード店を漁りまくったThes OneがDIY精神丸出しのサンプリング芸術でカウンターを放った。Jurassic 5やBlackaliciousと並び「2000年代ヒップホップの三位一体」と称されるPUTSの音楽は、商業主義への静かな反逆だった。
★ Mid-City Fiestaの宣言
Let's have a LAの中南部(Mid-City)エリアで開かれる気のおけないハウスパーティー。VIPクラブでもギャングの集まりでもない、音楽好きが集まるアットホームな宴を指す with your West LA connection
Hop inside the vehicle, start crossing intersections
We learning life's lessons while we blaze this herbal essence
A man, but still a child, and I have so many questions
君のウエストLAのコネクションを使って、ミッドシティで最高のパーティーを開こうぜ。
車に乗り込んで、交差点を次々と越えていくんだ。
最高級のハーブ(マリファナ)に火をつけながら、俺たちは人生の教訓を学んでいる。
体は大人になったが、心はまだ子供のままで、世の中には分からないことばかりだ。
★ 「slanging」のダブルミーニング
Struggle all my life to evade the misconceptions
To find a place to live between the negatives and positives
While trying to make money 本来は麻薬を売りさばくストリートスラング。ここでは目的語が「synonyms and homonyms(同義語・異義語)」となることで、ラップのライムを巧みに操って金を稼ぐという知的な意味に転換される synonyms and homonyms
偏見や誤解から逃れるために、これまでの人生ずっともがいてきた。
ネガティブとポジティブの間で、自分が生きるべき場所を見つけるために。
同義語や異義語を巧みに売りさばいて(=ラップのライムを紡いで)、金を稼ごうと奮闘しながら。
I went to Pop's house, so I can visit Moms and him
Cut to the mall, copped a brand new pair of Timberlands
Then dipped down a one-way, time to scoop up Double K
And chill with my people, on this bright and sunny day
My n***a Spliff was sippin' Beck's, I'm slappin' hands with Thes
Locate a shady spot so we can circulate the stress
親父の家に行って、お袋と親父の顔を見てきた。
モールに立ち寄って、真新しいティンバーランドのブーツを買ったんだ。
一方通行の道を走り抜け、Double Kを拾いに行く時間だ。
最高に天気のいいこの日、仲間と一緒にチルアウトするために。
仲間のSpliffはBecksビールをちびちびやってて、俺はThesと握手を交わす。
涼しい木陰を見つけて、みんなでストレスを回してほぐすんだ。
Mary Jane invades my brain, now I can't complain
I'm sayin', what else is there to do besides relax?
Let the problems in your mind become ancient artifacts
Perhaps these raps can help you alleviate
The things that's got you trippin' – here, watch me demonstrate
First, you ignore the nonsense and clear your conscience
Let your pen touch the paper, write verbs and consonants
As the words become a sentence, you start to feel indifferent
The stress is out your mind, you feel like the weight was lifted
Terrific, I'm glad we had this time to discuss
I'm outro, call me if you wanna blaze one up
メアリー・ジェーン(マリファナ)が俺の脳に侵入してくる、もう文句なんてない。
俺が言いたいのは、リラックスする以外に何があるんだ?
心の中の問題を、太古の遺物のように過去のものにしてしまえ。
もしかしたら、このラップたちがお前の辛さを和らげてくれるかもしれない。
お前をトリップさせていることを——さあ、俺がやってみせよう。
まず、くだらないことを無視して、良心をスッキリさせる。
紙にペンを当てて、動詞と子音を書いていくんだ。
言葉が文になるにつれ、お前は無関心になっていく(感じる)。
頭の中からストレスが消えて、重荷が軽くなったように感じる。
最高だね、こうして本音で語り合える時間があって本当によかった。
俺の出番はこれで終わりだ、また一服したくなったら呼んでくれ。
★ ヒップホップ史に残る名コーラス
When the stress burns my brain just like 現実社会の重圧・情報過多・都市生活のストレスが脳を焼き焦がす様子の比喩。実際の酸性雨ではなく「見えない重圧」の隠喩
マリファナの伝統的な隠語。スペイン語「Marijuana」の音訳から生まれた。当時のカリフォルニアのレイドバックした文化を象徴する is the only thing that makes my pain stop
I let the music take over my soul, body and mind
To kick back, relax one time, and you will find
When the stress burns my brain just like acid raindrops
Mary Jane is the only thing that makes my pain stop
Just let the music take over my soul, body and mind
And kick back, relax one time, and you will find
酸性雨のしずくのように、日々のストレスが俺の脳を焼き焦がすとき。
メアリー・ジェーン(マリファナ)だけが、この痛みを止めてくれる唯一の存在なんだ。
音楽に俺の魂、身体、そして心を完全に委ねる。
そうして深く腰を掛け、一度リラックスしてみれば、君にもきっと分かるはずさ。
酸性雨のしずくのように、日々のストレスが俺の脳を焼き焦がすとき。
メアリー・ジェーン(マリファナ)だけが、この痛みを止めてくれる唯一の存在なんだ。
ただ音楽に魂と身体、そして心を完全に委ねてみてくれ。
そうして深く腰を掛け、一度リラックスしてみれば、君にもきっと分かるはずさ。
I try to keep it stress free take every day at a time
Make sure the families in place, and let the music unwind
I got plans to take charge like major outlets
Ride around the country chillin' in my LA express
ストレスフリーを心がけ、焦らず一日一日を大切に生きていく。
家族が安心できる居場所をしっかり守り、あとは音楽で心を解きほぐすんだ。
大手のコンセント(電源/発信源)みたいに、シーンの主導権を握る計画だってある。
俺のLAエクスプレス(愛車)に乗って、国中をチルしながら走り回るのさ。
★ 「bangin'」の意味反転
On every street corner
The importance of having fun
Empty bottles, spilled tobacco don't nobody carry guns
We keep our minds on fun and let the drums do the 通常は「ギャングの抗争・銃撃」を意味するスラング。ここではMPCのドラムパッドを叩きビートを鳴らす行為へと平和的に意味が反転されている
On any given day like 90年代のアメリカで大ヒットした黒人主演のホームコメディ番組『Hangin' with Mr. Cooper』からの引用。流血や抗争とは無縁の、ユーモアと愛に溢れた平和な日常を象徴する yo we hangin'
どこの街角に行っても同じこと。
何より重要なのは、人生を楽しむってことなんだ。
空になった酒瓶、こぼれたタバコの葉、でもここには銃を持ち歩く奴なんて誰もいない。
俺たちの頭の中は楽しいことでいっぱいで、銃声の代わりにドラムのビートを撃ち鳴らすのさ。
ミスター・クーパーみたいに、いつだって俺たちは気の合う仲間とダラダラ過ごしてるんだ。
Yo, L.A., hit me one time, make it funky
Double down on my underground sound, I'm feelin' lucky
For this jackpot, I jack spots to fill in my crates
We lay back chillin' and feelin', the music relates
We on the ("One"!) to the ("Two!"), hangin' with my crew
Bulls**ttin', while we sittin' down, drinkin' on some brew
Until the afternoon turns to the moonlight
Funky tracks and nickel sacks, freestylin' all night
おいLA、一発決めてくれ、ファンキーにいこう。
アンダーグラウンドのサウンドに全力を注ぎ込む、今日は運がいい気がするぜ。
このジャックポットのために、俺はレコードクレートを埋めるために各地を漁り回る。
俺たちはリラックスして、音楽が伝えるものをただ感じてる。
(声ネタ:「ワン!」「ツー!」)クルーとたむろしながら。
ただダラダラとくっちゃべりながら、座ってビールを飲んでいる。
午後が月明かりの夜へと変わるまで。
ファンキーなトラックに5ドルの袋(マリファナ)、夜通しフリースタイルしてる。
Doin' it right, knowing with time, music make it better
My crew banging through blocks, like shots from a Beretta
Snub nose to the hoes with problems, I suppose
Honey, you gotta understand your man's got flows
And I'm leavin' you, so by the time I get to Phoenix
Underground heads will fiend this musical genius
正しいやり方でやれば、時間が経つにつれて音楽はもっと良くなる。
俺のクルーはブロックを突き抜けていく、ベレッタの銃声のように。
問題を抱えたホーたちには短銃身でいいだろ、そう思う。
ハニー、分かってくれよ、あんたの男にはフローがあるんだ。
俺はもう行く、俺がフェニックスに着く頃には、
アンダーグラウンドの連中がこの音楽の天才ぶりに夢中になっているはずさ。
Under the blue sky, the state laced in smog
Pollute your サンプラーやターンテーブルを繋ぐ標準フォンケーブル(シールド)。音楽制作の現場そのものを指すThes Oneならではのマニアックな表現 with all the sound that we brought
Can't get enough so brother pass another cold one
Feel like a dad at a ball game リラックスする、ダラダラするという意味のスラング。1980年代後半にCold Crush BrothersやPublic EnemyのFlavor Flavが広めた東海岸発祥の言葉で「街灯の下でたむろする」情景が語源 with his son
青空の下、このカリフォルニア州はスモッグで霞んでいる。
俺たちが持ち込んだ最高のサウンドで、お前の1/4インチケーブルを汚染(ジャック)してやるぜ。
まだまだ足りないから、兄弟、もう一本冷たいビールを回してくれ。
野球の試合で息子と一緒にくつろいでる(lampin')親父みたいに、最高の気分だ。
Chuck D yo, word up we 時間を忘れて音楽に熱中し最高の気分になること。「buggin'」は奇妙な行動をとる、または極度に興奮するという意味。音楽の魔法により時空を超越する感覚の描写
From the light to the lime, original star time
It's the Double Chris One
And Camel brought the ammo
(声ネタ)チャック・D、間違いないぜ、俺たちは時間を超えて狂喜乱舞してるんだ。
(声ネタ)照明からスポットライトへ、正真正銘のスタータイムの始まりだ。
(声ネタ)俺たち「ダブル・クリス・ワン(Double K + Thes One)」の登場さ。
(声ネタ)そしてキャメル(Camel MC)が弾薬(ライム)を持ってきてくれた。
★ ドゥーラグを脱ぎ捨てろ
So we can shoot game like thugs on your sport channel
Take off the ギャングスタ文化・ヒップホップの商業化に伴い形骸化した「サグのコスプレ」の象徴。ここでは表面的なストリートファッションへの批判として使われる , replace it with a 「考える帽子」。do-ragと対置される「知性・思慮深さ」の象徴。ヒップホップが本来持っていた知的なカウンター・カルチャーの精神を取り戻せというメッセージ
If you didn't know, tell the bro he should have known that
We here for one thing and that's to remain
What's the name...name...name...
だから俺たちは、お前のスポーツチャンネルに映るサグみたいに、このゲームを撃ち抜けるんだ。
そのドゥーラグ(ギャングの象徴)を脱ぎ捨てて、代わりに考えるための帽子(知性)を被りな。
もし知らなかったんなら、無知なブラザーに「そんなことも知らなかったのか」って教えてやれ。
俺たちがここにいる理由はただ一つ、ヒップホップの歴史に永遠に名を残すためだ。
俺たちの名前はなんだ…なんだ…なんだ…
Transglobal by the books
Like Barnes with noble hooks
Armed with overlooked, talented guests
So God bless crooks who steal loops to keep this s*** alive
Something for your troops to sit around and vibe by
From Camel, Double, and Thes, to ease stress
We brought the Hip-Hop, so have fun and God bless
本を通じてグローバルに。
バーンズ(&ノーブル)のように気の利いたフックで武装して。
見過ごされてきた、才能あるゲストたちとともに。
このシットを生き続けさせるためにループを盗む奴らに、神の祝福を。
お前のクルーが座って一緒にバイブしてくれるものを持ってきた。
Camel、Double、そしてThesから、ストレスを和らげるために。
俺たちはヒップホップを持ってきた、楽しんでくれ、神の御加護を。
Pop collars to this
Wear ice to this
Drink Cris' to this
Yo, is there somethin' we missed?
Pop collars to this
Wear ice to this
Drink Cris' to this
Is there somethin we missed?
これに合わせてカラーを立てろ(決め込め)
これに合わせてアイス(ジュエリー)を着けろ
これに合わせてCris'(クリスタル・シャンパン)を飲め
ヨ、俺たちが何か忘れたことはあるか?
これに合わせてカラーを立てろ
これに合わせてアイスを着けろ
これに合わせてCris'を飲め
俺たちが何か忘れたことはあるか?
Mid-City, Los Angeles
「Acid Raindrops」の舞台はロサンゼルスのMid-City(ミッドシティ)エリア。ビバリーヒルズのような富裕層エリアとコンプトンに代表される重犯罪地域の中間に位置する労働者階級の居住区で、Thes OneやMURSといったアンダーグラウンド・ヒップホップの才能を輩出した文化的土壌を持つ。彼らのリリックは、銃撃戦や麻薬密売ではなく、音楽オタクが古いレコードを聴きながら裏庭でバーベキューするLAのもう一つのリアルを描く。
日本との繋がり
2000年代初頭、東京の渋谷・宇田川町界隈は世界有数のアナログレコードの集積地だった。「ディグ(レコード発掘)」を至上命題とするThes OneとDouble Kにとって日本は聖地であり、世界ツアーの際に来日を重ねた。NujabesやDJ Mitsu the Beats(Jazzy Sport)が確立したジャジー・ヒップホップムーブメントとPUTSの音楽性は完璧に合致し、「Acid Raindrops」は東京のクラブやラウンジパーティーのチルアウトタイムの定番アンセムとして絶えずスピンされ続けた。
キーワード解説
制作秘話 01
楽曲の核となるメロウで浮遊感のあるギターとベースのループは、David T. WalkerがBob Dylanの「Lay Lady Lay」をカバーした1971年のインストゥルメンタル・バージョン(アルバム『Plum Happy』収録)からサンプリングされている。フォークロックの哀愁をウォーカーが漆黒のジャズ・ファンクへと変換したその極上の音源を、Thes Oneは絶妙なBPMに落とし込んでループさせ、聴く者を瞬時にリラックスさせる唯一無二のチルな空間を構築した。
制作秘話 02
当時の音楽業界がPro Toolsによるデジタル録音に移行する中、PUTSは頑なに拒絶。Thes OneはAkai MPC3000をメインシーケンサー、E-mu SP-1200(12bitローファイサウンドの伝説的名機)をドラムに使用した。アルバム『O.S.T.』および12インチシングルのクレジットには「Recorded at PUTS Studios using bro tools」という記載がある。高価なソフトウェアではなく兄弟たちのアナログ機材と己の耳だけで作ったという、強烈な誇りとアンチテーゼだ。
制作秘話 03
2001年のヨーロッパツアー中、PUTSはライブ収益をはたいて各地のレコード店を巡り、スウェーデンのストックホルムの店舗だけでも2,000ドル以上を散財して未知のレコードを大量に買い付けた。それら「忘れ去られた音源」をロサンゼルスに持ち帰り、再構築したのがアルバム『O.S.T.』である。単なるビートメイカーではなく「音の考古学者」であったことを証明するエピソードだ。
後世への影響
情報過多で常に繋がりを強要される現代において、人々の脳を焼き焦がす「酸性雨のしずく」は2002年当時よりもはるかに深刻化している。PUTSは社会への直接的な怒りや暴力的な表現ではなく、「音楽に身を任せ気の合う仲間とチルアウトする」という極めて平穏な自己防衛の手段を提示した。ギャングスタの象徴を脱ぎ捨て「考える帽子」を被れというスタンスは、ヒップホップが本来持っていた知的なカウンター・カルチャーの精神を最も平和的な形で体現している。
People Under The Stairs
Los Angeles, California · 1997–2021
Thes OneとDouble K(2021年死去)によるLAのデュオ。DIY精神とアナログサンプリング美学でアンダーグラウンドの金字塔を築いた。「Acid Raindrops」(2002)はSpotifyで数千万回再生を誇る。
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