Nas Is Like 和訳・意味・スラング解説 | Nas

アーティスト
Nas
プロデューサー
DJ Premier
収録アルバム
I Am...
エリア
NY
BPM
90
サンプル元
Joe Chambers "Mind Rain" (1970)

この記事の見どころ

  1. 01 ゴミ箱寸前のルーテル教会レコードから救われた「ヒップホップ最大のサンプリングの謎」
  2. 02 「I'm a poor man's dream, a thug poet」——暴力と詩情を統合したヒップホップ最高のパンチライン
  3. 03 ノーペーパー・深夜ワンテイク録音——Premierがビートを聴かせてから数時間後に生まれた神業

元ネタ

Intro · DJ Premier Scratches

(Scratches by DJ Premier)
My poetry is deep, I never fell
Not like—
Half-man, half-amazing, no doubt
Life or death...
My poetry's deep, I never... fell...
Like—
Half-amazing, no doubt

(DJ Premierによるスクラッチ)
俺の詩は深い、俺は決して堕ちない
〇〇のようではない—
半分は人間、半分は神の領域、間違いない
生か死か...
俺の詩は深い、俺は決して...堕ちない...
まるで—
半分の神の領域、間違いない

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DJ Premierがターンテーブルの魔術を全開にするイントロ。Nasの過去曲「It Ain't Hard to Tell」のアカペラから「My poetry is deep, I never fell」と「Half-man, half-amazing」を抜き取り、言葉を打楽器のように切り刻む。これからNasが「自己定義(Nas Is Like)」を始めることをリスナーに予告する数十秒で、Nasが「神格化されたMC」であることを無意識のレベルで刷り込む。

Verse 1 · Nas

★ ヒップホップ史上最高の冒頭2行

Freedom or jail, 銃の弾倉(マガジン)のこと。映画の「クリップ(ワンシーン)」とのダブルミーニング inserted, a baby's being born
Same time a man is murdered, the beginning and end
As far as rap go, it's only natural I explain
My plateau, and also, what defines my name
First it was Nasty, but times have changed
Ask me now, I'm the artist, but hardcore, my science for pain

自由か刑務所か、銃の弾倉(クリップ)が挿入され、赤ん坊が産まれる
同じ瞬間に男が殺される、始まりと終わりだ
ラップに関しては、俺が説明するのは当然のこと
俺の到達した高み(プラトー)、そして俺の名前を定義するものを
最初は「Nasty(ナスティ)」だったが、時代は変わった
今聞いてみろ、俺はアーティストだ、だがハードコア、それは痛みの科学

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「Freedom or jail... a baby's being born / Same time a man is murdered」——クイーンズブリッジの日常において生と死、希望と絶望が同時進行する現実をたった一行で映画のように描写。「Clip's inserted」は銃の弾倉と映画の「クリップ(ワンシーン)」のダブルミーニング。ヒップホップ史に残るシネマティック・ライティングの頂点として、世界中のリスナーやプロデューサーに今も語り継がれる。「First it was Nasty」は初期のあだ名「Nasty Nas」から、より成熟した「Nas」へのキャリアの変遷を示す。

I spent time in the game, kept my mind on fame
Saw fiends shoot up and do lines of コカイン。この行はラジオ版ではミュートまたは逆再生処理される
Saw my close friends shot, 心電図が平坦になること、つまり死亡を意味する , am I sane?
That depends, carry MAC-10:アングル・サブマシンガン。ストリートで使用される小型の自動火器 to practice my aim
On rooftops, tape CD covers to trees
Line the barrel up with your weak picture, then squeeze
Street scriptures for lost souls, in the crossroads
To the corner ストリートで違法なビジネスに関わる者たち hustlin' for cars that cost dough
To the big dogs livin' large, takin' in light
Pushin' big toys, gettin' nice, enjoyin' your life

このゲーム(業界)で時を過ごし、名声に心を集中させてきた
薬物依存者が注射を打ち、コカインのラインを吸うのを見てきた
親友が撃たれ、心電図が平坦(フラットライン)になるのを見た、俺は正気か?
それは状況次第だ、照準を練習するためにMac-10(サブマシンガン)を持ち歩く
屋上に立ち、木に(他のラッパーの)CDジャケットをテープで貼り付ける
銃身をお前の軟弱な写真に合わせて、引き金を引く
迷える魂のためのストリートの聖典、人生の岐路に立つ者へ
金のかかる車のためにハッスルする街角のサグたちへ
贅沢に暮らし、光を浴びている大物たちへ
高級車(ビッグ・トイ)を走らせ、ハイになり、人生を楽しむ

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「fame」「cocaine」「sane」「aim」という硬い「エイム」の脚韻を連打しながら、友人の死(フラットライン)から銃の練習、他のラッパーへのディスへと滑らかに流れる。「CDカバーを木に貼り付けて標的にする」——これはフェイクなMCへの冷酷な優位性の宣言。「Street scriptures(ストリートの聖典)」と自らの歌詞を定義することで、ゲットーの預言者としての立ち位置を強調する。

★ トリプルミーニング・ハイライト

Is what you make it, suicide, few try to take it
Belt tied around their neck in jail cells naked
Heaven and hell, rap legend, presence is felt
And of course, N-A-S are the letters that spell
NAS, NAS
"Nas is like" Earth, Wind & Fire, rims and tires
Bulletproof glass, inside is the realest driver
Planets in orbit, line 'em up with the stars
Tarot cards, you can see the 古代エジプトの王。ファイブ・パーセンター(Five Percent Nation)の宇宙観・アフロセントリズムと結びついた表現 Nas
"Nas is like" マイク・タイソンの異名。最盛期の圧倒的な破壊力を象徴する , messiah type
Before the Christ, after the death
The last one left, let my cash invest in stock
Came a long way from blastin' TEC-9:半自動拳銃。ストリートで多用された on blocks

人生は自分次第だ、自殺、それを試みる者も少しはいる
刑務所の独房で、裸のまま首にベルトを巻きつけてな
天国と地獄、ラップの伝説、その存在感は肌で感じられる
そしてもちろん、N-A-S、その文字が綴る言葉は
NAS、NASだ
「Nasとはまるで」Earth, Wind & Fire、リムとタイヤ
防弾ガラス、その中にいるのは最もリアルな運転手
軌道上の惑星たち、それを星々と一直線に並べる
タロットカード、そこにはファラオであるNasの姿が見える
「Nasとはまるで」アイアン・マイク(マイク・タイソン)、救世主のようなタイプ
キリストの誕生以前、そして死の後
最後の一人として生き残り、現金を株に投資する
街角でTEC-9(銃)をぶっ放していた頃から、遠くまで来たものだ

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「Nas is like Earth, Wind & Fire」——伝説的R&Bバンド名を挙げながら、土(Earth)・風(Wind)・火(Fire)という自然の三大元素を操る普遍的存在であることを暗示。さらに「リムとタイヤ」という車文化のアイテムを並置する知的なギャップが秀逸。

「Before the Christ, after the death」——キリスト誕生前(アルファ)から死後(オメガ)まで、時間を超越した神的存在としてNasを描いた、史上最も神聖なパンチラインの一つ。「タロットカード」「ファラオ」「惑星の配列」という神秘主義的メタファーは、ファイブ・パーセンター(Five Percent Nation)の思想とアフロセントリズムの強い影響を示す。

★ 物質主義と虚無の哲学

Went from Seiko to Rolex, ownin' acres
From the projects with no chips, to large cake dough
最高に魅力的な女性(10点満点の美女)を指すスラング , givin' fellatio, siete zeros
Bet my nine spit for the 金・現金のスラング
But what's it all worth, can't take it with you under this Earth
Rich men died and tried, but none of it worked
They just rob your grave, I'd rather be alive and paid
Before my number's called, history's made
Some'll fall, but I rise, thug or die
Makin' choices, that determine my future under the sky
To rob, steal, or kill, I'm wonderin' why
It's a dirty game, is any man worthy of fame?
Much success to you, even if you wish me the opposite
Sooner or later we'll all see who the prophet is

セイコー(時計)からロレックスへ、広大な土地を所有するまでになった
チップ(金)の無い団地から、巨大なケーキ(大金)を手にするまで
極上の女(ダイム)たちがフェラチオを施す、7つのゼロ(数百万ドル)
ペソ(金)のために俺の9ミリ(銃/リリック)が火を噴くぜ
だが、それが一体何の価値がある? 地下(あの世)には持っていけないんだ
金持ちたちは死に、あの世に金を持っていこうと試みたが、誰一人上手くいかなかった
奴らは墓を荒らすだけだ、俺なら生きて金を持ちたい
俺の番号が呼ばれる(死の時が来る)前に、歴史は作られた
落ちぶれる奴もいるが、俺は昇りつめる、サグとして生きるか死ぬか
空の下で俺の未来を決定づける、幾つかの選択をする
強盗、窃盗、殺人、なぜそんなことをするのか俺は考える
汚いゲームだ、名声に値する人間などいるのか?
お前の大成功を祈るよ、たとえお前が俺の不幸を願っていようともな
遅かれ早かれ、誰が真の預言者であるかは、全員の目に明らかになるさ

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「Seiko to Rolex」——時計のグレードアップで物質的成功を表しながら、直後に「あの世には持っていけない」と虚無感を語る。古代エジプトのファラオたちが財宝と共に埋葬されたが墓泥棒に奪われた歴史(rob your grave)を指摘し、現世を生き抜くことの哲学を説く二面性こそNasの真髄。

「Much success to you, even if you wish me the opposite」——当時ニューヨークの王座を巡りJay-Zらとの緊張関係にあったNasが見せる大人の対応であり、同時に強烈なサブリミナル・ディス。「誰が本物の預言者か、いずれ分かる」で締めくくり、絶対的な自信を見せつける。

Chorus · DJ Premier Scratches

(Scratches by DJ Premier)
"Nas is like.. life or death.. I'm a rebel.."
"My poetry's deep, I never fell.."
"Nas is like.. half-man, half-amazing.."
"No doubt.."
"Nas is like.. life or death.. I'm a rebel.."
"My poetry's deep, I never fell.."
"Nas is like.. half-man, half-amazing.."
"No doubt.."
"Nas is like..."

(DJ Premierによるスクラッチ)
「Nasとはまるで.. 生か死か.. 俺は反逆者だ..」
「俺の詩は深い、俺は決して堕ちない..」
「Nasとはまるで.. 半分は人間、半分は神の領域..」
「間違いない..」
「Nasとはまるで.. 生か死か.. 俺は反逆者だ..」
「俺の詩は深い、俺は決して堕ちない..」
「Nasとはまるで.. 半分は人間、半分は神の領域..」
「間違いない..」
「Nasとはまるで...」

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R&Bの歌付きフックを一切排除し、ターンテーブルのスクラッチだけをサビとして機能させる1990年代ヒップホップの伝統美が極限まで高められている。「Nas Is Like...(Nasとはまるで...)」という問いかけを繰り返すことで、サブリミナル効果のようにリスナーの脳裏にNasのアイデンティティを焼き付ける設計。

Verse 2 · Nas

Sex to a nympho, but nothing sweet
I'm like beef, bustin' heat through your windows
I'm like a 街の清掃車、かつ連発式ショットガン(Striker)のストリートスラング、ダブルミーニング , green leaf breather
Like 古代ギリシャ人(ソクラテス等)が実はアフリカ(古代エジプト)の文明から知識を得たというアフロセントリズムの歴史観 , learnin' somethin' deep from they teachers
I'm like crime, like your nine, your man you would die for
Always got you, I'm like 父親を意味するニューヨーク発祥のストリートスラング。地域の長老や保護者への尊敬を込めて使う you would cry for
I'm like a whole lot of loot, I'm like crisp money
Corporate accounts from a rich company

色情狂にとってのセックスのよう、だが全く甘くはない
俺は抗争(ビーフ)のよう、お前の家の窓めがけて銃弾(ヒート)をぶち込む
俺はストリートスイーパー(街の清掃車/ショットガン)のよう、緑の葉(マリファナ)を吸う者
エジプトにいるギリシャ人のよう、教師たちから深い何かを学んでいる
俺は犯罪のよう、お前の9ミリ銃のよう、お前が命を懸けてもいいと思える仲間のよう
常に味方でいる、俺はお前が泣いてすがる親父(ポップ・デュークス)のよう
俺は大量の戦利品のよう、俺はパリッとした真新しい札束のよう
富裕な企業が持つ法人用口座のよう

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「街の清掃車」と「連発式ショットガン(Striker)」のダブルミーニングを持つ「Street sweeper」。そしてストリートの暴力について語った直後に、George G.M. Jamesの著書『Stolen Legacy(盗まれた遺産)』に基づく「Greeks in Egypt(アフロセントリズムの歴史認識)」を挿入するこの知的なギャップ——これがNasが単なるギャングスタ・ラッパーではなく「知識のMC(Conscious Rapper)」と呼ばれる所以である。

★ 核心パンチライン「サグの詩人」

I'm like ecstasy for ladies, I'm like all races
Combined in one man, like the '99 ニューヨークのHot 97が主催する世界最大級のヒップホップ・フェスティバル。1999年大会は東海岸HIPHOPの文化的るつぼ
Bulletproof 軍用規格の高級SUV。1990年代の成功の象徴として多くのラッパーが愛用 man
I'm like being locked down around new faces, and none of 'em fam
I'm the feelin' of a millionaire spendin' a hundred grand
I'm a poor man's dream, a ストリートの悪党(Thug)と文学的詩人(Poet)という二面性を統合したNas最大の自己定義
Live it and I write down and I watch it blow up
Y'all know what I'm like, y'all play it your system every night, now...

俺は女たちにとってのエクスタシー(快感/ドラッグ)のよう、俺は全人種が
一人の男の中に統合されたよう、まるで99年のサマージャムのよう
防弾仕様のハマーに乗る男
知り合い(家族)が誰もいない、見知らぬ顔ばかりの中で監禁されている気分のよう
俺は10万ドルを散財するミリオネアの気分のよう
俺は貧しい者の夢、サグの詩人だ
実際に生き、それを書き留め、それが爆発的にヒットするのを見る
俺がどんな存在か、お前らは知っているはずだ、毎晩システム(ステレオ)で再生しているのだから

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「I'm a poor man's dream, a thug poet」——この楽曲、ひいてはNasのキャリア全体を総括する究極のパンチライン。ゲットーの現実を生き抜く悪党(Thug)でありながら、それを文学的な芸術へと昇華させる詩人(Poet)であるという宣言。犯罪、銃、親父、大金、ドラッグ、監禁の孤独、ミリオネアの快感など、森羅万象を自身に例え続けるこのバースは、ヒップホップにおける「直喩(Simile)」の最高到達点である。

Outro · DJ Premier Scratches

(Scratches by DJ Premier)
"Nas is like.. life or death.. I'm a rebel.."
"My poetry's deep, I never fell.."
"Nas is like.. half-man, half-amazing.."
"No doubt.."
...
"Nas is like..."

(DJ Premierによるスクラッチ)
「Nasとはまるで.. 生か死か.. 俺は反逆者だ..」
「俺の詩は深い、俺は決して堕ちない..」
「Nasとはまるで.. 半分は人間、半分は神の領域..」
「間違いない..」
...
「Nasとはまるで...」

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ビートがゆっくりとフェードアウトしていく中、DJ Premierのスクラッチだけが虚空に響き渡る。Nasは語り終え、姿を消した後も「Nas Is Like...(Nasとはまるで...)」という問いかけだけがリスナーの頭の中に反響し続ける。過度なアドリブやシャウトアウトを一切排除したこのストイックな終幕が、楽曲のミステリアスな完成度を完璧なものにしている。

文化的背景

クイーンズブリッジ団地

ヒップホップのインキュベーター — アメリカ最大の公営住宅

クイーンズブリッジ団地(Queensbridge Houses)はMarley Marl・MC Shan・Mobb Deepを輩出したヒップホップの聖地。1980〜90年代はクラック・コカインの蔓延と凶悪犯罪により「都市の地獄」と化しており、Nas自身も幼少期に親友のIll Willを銃撃で失っている。この過酷な環境において言葉とライミングは単なる自己表現ではなく、狂気から精神を守り、貧困から抜け出すための唯一のサバイバル・ツールだった。

1999年 — キャリアの危機

デジタル・リークと崩壊したアルバム計画

Nasは2枚組の超大作コンセプト・アルバム『I Am... The Autobiography』のリリースを予定していた。しかし完成直前に音楽史上初の大規模なデジタル・リーク事件の標的となり、大量の未発表音源がネット上に流出。アルバムは急遽1枚組へと縮小・再構成を余儀なくされた。この混乱の中で「Nas Is Like」は崩壊しかけたプロジェクトを牽引するアンカーとして機能した。

さらに1996〜97年の2Pac・B.I.G.の相次ぐ死去により、シーンは「誰が次のKing of New Yorkか」という極度のプレッシャーに包まれていた。その重圧を最も強く背負っていたのがNasだった。

キーワード解説

楽曲を読み解く重要スラング・用語

Half-man, half-amazing Nasのデビュー作「It Ain't Hard to Tell」で自ら放った名言。ヒップホップにおける最高レベルのスキルの代名詞として定着。本作ではDJ Premierがスクラッチ素材として使用。
Pop dukes 「父親」を意味するNY発のスラング。血縁を超え、地域の長老や仲間を守る保護者的存在へのリスペクトを込めて使用。
Greeks in Egypt ソクラテスやプラトンの知識はアフリカ(古代エジプト)から学んだものという歴史的仮説(アフロセントリズム)。George G.M. James『Stolen Legacy』に基づく。
Thug poet ストリートの悪党(Thug)と文学的詩人(Poet)という二面性を統合したNasの核心的自己定義。暴力の現実と高度な文学性の融合。
99 Summer Jam Hot 97主催の世界最大級ヒップホップ・フェス。Nasが「全人種が一人の男に統合されたよう」という自身の普遍的影響力の比喩に使用。

バージョン違い

12インチ・アナログレコードとプロモーション盤において複数のバージョンが存在する。DJコミュニティとコレクターの間でそれぞれに重要な価値を持つ。

バージョン
特徴
収録
Main Version
オリジナル(3:57)。ストリートの生々しい描写をそのまま収録
12" Vinyl, CD Maxi
Clean Version
ラジオ/MTV用。Cocaine等の表現を無音化・逆再生処理
12" Promo, 限定45s
Instrumental
プレミアのビートのみ。鳥のさえずりの精緻さを堪能できる。多くのMCがフリースタイルに借用
12" Promo
Dr. Knockboot
B面収録曲。NasとPremierのタッグによる隠れた名曲。DJ御用達
12" Vinyl, CD Maxi

ミュージックビデオはNick Questedが監督し、クイーンズブリッジ団地を舞台に撮影。NBA選手のRon Artest(後のMetta World Peace)、クイーンズ出身のラッパーNature、Braveheartsらがカメオ出演し、ストリートのリアルな連帯感を視覚化した。

制作の裏側

制作秘話 01

ゴミ箱からの救済 — 謎のストリングスの正体

あの哀愁を帯びた荘厳なストリングスのループは、リリースから10年近くもの間「ヒップホップ界最大のサンプリングの謎」として世界中のクレイトディガーを悩ませた。2008年にようやく特定されたその原曲は、John V. RydgrenとBob R. Wayが1966年にルーテル教会(Lutheran church)向けにリリースした『Thoughts on the Carols』収録の「What Child Is This?(御使いうたいて)」——クリスマス・キャロルだった。

DJ Premierによると、ロングアイランドの自宅でこのレコード(ピンク色のラベルに黒い魚が描かれた10インチ盤)を見つけた際、「使えそうな音が入っているようには見えない」と判断しゴミ箱に捨てようとしていたという。しかし直感が働き「一度だけターンテーブルに乗せてみよう」と思いとどまった瞬間、あの神々しいフレーズを発見。そのフレーズを3つのパーツに切り刻んで(チョップして)再構築し、ヒップホップ史に残る至高のビートが誕生した。

制作秘話 02

鳥のさえずりとスクラッチの魔法

イントロをはじめ、ビート全体にかすかにループされている独特の「鳥のさえずり」は、Don Robertsonの「Why」から抽出されたもの。この一瞬の自然音をハイハットやパーカッションの隙間を埋めるリズム楽器として機能させる手法は、DJ Premierの狂気的とも言えるリズム感と創造性を示しており、プロデューサー・コミュニティでも「極めて繊細で天才的なアレンジ」として驚嘆をもって語り継がれている。

サビを構成するスクラッチには、Nas自身の「It Ain't Hard to Tell」と「Street Dreams」、そしてBiz Markieの「Nobody Beats the Biz」のボーカル・フレーズが使用されている。言葉を切り貼りして新たなメッセージを構築するこの「声のコラージュ」により、PremierはビートのうえでNasの過去と現在を繋ぎ合わせた。

制作秘話 03

ノーペーパー・ワンテイク — 深夜3時の神業

DJ Premierが完成したビートをスタジオでNasに聴かせた際、Nasは紙とペンを一切使わず、ただ何時間も黙って座り込んでいたという。周囲には何もしていないように見えたが、実は頭の中だけで膨大なリリックを組み立てていた。

深夜3時か4時になり、Premierが「今日はもう録らないのか?」と尋ねたところ、Nasは突然「できたよ。タイトルは『Nas Is Like』だ」と告げ、ボーカルブースに入ってこの複雑で多層的なリリックを完全な一発録り(ワンテイク)で吹き込んだ。

評価とその後の影響

指標
記録
意義
US Billboard Hot 100
最高86位
アンダーグラウンドなサウンドで全米総合チャートに食い込む快挙
US Hot Rap Songs
最高3位
ストリートコア層から絶大な支持。Nasのプロップスを完全回復
US Hot R&B/Hip-Hop
最高30位
ブラックミュージック全体でも確固たるプレゼンスを示した
YouTube再生回数
1億回突破
Nas公式チャンネル初の1億ビュー。時代を超えた普遍性を証明
第42回グラミー賞
Best Rap Album ノミネート
収録アルバム『I Am...』がノミネート。Nas本人は後年『King's Disease』で悲願の初受賞

後世への影響

次世代リリシストたちへの連鎖

  • J. Cole 「Let Nas Down」のイントロに本楽曲の冒頭フレーズとサンプリングをそのまま使用。最大のアイドルへの複雑な敬意と謝罪を表現した。
  • Kendrick Lamar 2013年にHot 97出演時、「Nas Is Like」のインストに乗せた伝説的フリースタイルを披露し、東海岸ヒップホップ純血主義者たちを完全に黙らせた。
  • Wale 「Folarin Is Like」で直接的なサンプリングとタイトル・オマージュを行い、本作の影響の大きさを自ら証明した。
  • Memphis Bleek Jay-ZとNasのビーフ中に「Memphis Bleek Is...」を発表し本作を模倣。逆説的に、本作が当時いかに「ヒップホップの絶対的な基準」だったかを証明した。

まとめ

  • 「Nas Is Like」の直喩(Simile)を連打することで、暴力・詩情・宗教・哲学を同時に内包する多面的な自画像を構築した自己宣言の極致。
  • DJ Premierがゴミ箱寸前のルーテル教会レコードから救い出したストリングス——クレイトディガーを10年間悩ませた「ヒップホップ最大のサンプリングの謎」。
  • ノーペーパー・深夜ワンテイク録音で生まれた「I'm a poor man's dream, a thug poet」は、ストリートと文学の両極を統合したヒップホップ最高のパンチライン。
  • 2pac・B.I.G.亡き後「King of New York」を問われた1999年、デジタルリーク被害を乗り越えキャリアを救った不屈の復活宣言。

関連記事(内部リンク)

Producer: DJ Premier · Sample: John V. Rydgren & Bob R. Way "What Child Is This?" (1966) · Album: I Am... (1999)

アーティストについて

Nas

Queensbridge, New York · 1991–

クイーンズブリッジ出身のNasir Jones。1994年「Illmatic」でデビューし、歌詞の密度と詩的表現力でヒップホップ文学の地平を開いた。